第三話 不器用な星と僕の思い
案内を終えた次の日、僕は少し早めに学校へ向かった。通学路を歩きながら、昨日のことを思い出す。七海――いや、白川さん。彼女の揺れる瞳と、あの「大丈夫」という言葉の裏に隠された孤独。それを見たときの胸の痛みは、時間が経っても消えなかった。
「……本当に大丈夫なのかな、白川さん。」
僕は思わず口に出してしまい、慌てて辺りを見回す。幸い、通りには誰もいなかった。昨日の夜も、今朝も、彼女のことばかり考えている自分に少し驚いていた。
教室に着くと、まだ始業時間まで余裕があった。席に着いて読書を始めようとカバンを開けると、目の端に動く人影が映る。顔を上げると、教室の後ろで白川さんが何かを探しているのが見えた。白川さんの周りには誰もいない。
「あの……何か探してる?」
声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げた。
「あ、黒川くん。えっと……少し探し物をしてて。」
言いながら彼女は机の上に広げた資料を手で押さえた。何となく視線を避けるような態度だ。
「手伝おうか?」
僕が歩み寄ると、彼女は困ったように首を振った。
「いいの。本当に大したことじゃないから。」
その言葉を聞いて、僕はあえて引き下がることにした。けれど、机の上の書類の一部に見えた「生徒会」の文字が妙に気になった。
その日の昼休み、クラスメートたちはいつものように賑やかだった。僕は一人で弁当を食べていたが、ふと窓の外を見ると校庭の片隅で一人座っている白川さんの姿が目に入った。彼女は何かを考え込むように空を見上げている。
「白川さん……何を考えてるんだろう。」
何か言葉をかけたい気持ちと、これ以上踏み込むべきではないという躊躇が頭の中でせめぎ合う。だが、僕は立ち上がり、校庭へ向かった。
「ここ、座っていい?」
声をかけると、白川さんは驚いたように振り返った。彼女の隣には生徒会の書類が積まれていた。
「黒川くん……どうしたの?」
彼女は少しぎこちない笑顔を浮かべる。僕は構わず彼女の隣に腰を下ろした。
「いや、なんとなく。教室の窓から見えた白川さんの様子が気になっちゃって。。」
僕が言うと、彼女は少しだけ視線を伏せた。
「そう......でも私はこの通り大丈夫よ。」
と、彼女は笑って見せた。しかし、その声には微かな疲れが滲んでいた。
僕は周りの視線を気にすることなく、彼女の横顔を見つめた。昨日の廊下で見た「生徒会長」の顔ではなく、あの日の夜道で見た「七海」の表情に近かった。
「無理してるよな。」
つい、そう言ってしまう。彼女はハッとしたように僕を見つめた。
「……どうしてそう思うの?」
「顔に書いてあるよ。全部一人で背負い込んでるんだろう。」
僕の言葉に、彼女は小さく笑った。
「黒川くんって、不思議な人ね。他の人は私が平気だと思ってるのに……どうしてそんなこと、分かるの?」
僕は答えなかった。ただ、目を逸らさず彼女を見つめた。その沈黙の中、彼女の瞳が少し揺れる。
「……ほんとに、不思議。」
彼女はそう呟いて、視線を空へ向けた。
「ねぇ、黒川くん。あなたは、なんで私のことをこんなにも気にかけてくれるの?」
唐突な質問に、僕は少し考え込んだ。
「さあね、同情かもしれないし、他の何かかもしれない。ただ、白川さんは助けなきゃって思っちゃうの。」
そう答えると、彼女は少しだけ微笑んだ。
「ふふっ何それ。変なの。」
彼女の声は少しだけ軽くなっているように感じた。それが僕の言葉のせいなのか、それとも別の理由なのかは分からなかったけれど。まっ元気になったのならいいや。
「それじゃっ、そろそろ教室帰ろ。もうすぐ昼休みも終わるし」
「ふふっそうね、そうしましょうか」
と、そんな話をしながら僕達は教室へと戻るのだった。
学校が終わり、家に帰る途中、僕は考え込んでいた。
(やっぱり白川さん無理してる)
昼休みの様子を見る限り大丈夫そうだと思ったが、放課後、生徒会室に向かう彼女は元気がなさそうだった。
(何か僕にできる事はないのか?彼女の背負う「重さ」を軽くするには、何をすればいい?)
僕は必死に考えた。七海に恩返しするのはどうすれば....
(……まだ時間はある。)
心の中でそう呟いた僕は、もう一度彼女の孤独な瞳を思い浮かべて、静かに拳を握った。