第九話(武藤サイド) 愛しいのに憎い君
武藤君サイドです。
俺には好きな女がいる。
立てば芍薬座れば牡丹 歩く姿は百合の花
彼女のためにあるような言葉。
背中へ流れる艶やかな黒髪。白いのに不健康な感じがまったくしない肌。パッチリというわけではないが、線が引かれたような二重で切れ長の目。色っぽいという表現が当てはまる。柳の葉のように緩やかな眉。
低すぎず高すぎず、スッと筋の通った小ぶりの鼻におちょぼ口に近いサイズの口。
それらが卵型の顔にバランスよくならんでいる。
どこか、自分の周りにいる女子高生とは違った不思議な雰囲気。
いつも掴みどころのない笑顔を浮かべている。
近づきたいのに近づけない。
彼女は別次元の人間。
俺には手の届かない高嶺の花。それが彼女。
「おい、武藤。クラス今年も一緒だな!!」
「あぁ。」
友人の山口が話しかけてくる。結局三年間こいつとは一緒のクラスだったな。
「まじかよ!!!よっしゃー!!むとーー!!今年は受験だが、我々はそんな嫌なことを忘れさせるラッキーを手に入れた!!何かわかるかい?武藤君。」
相変わらずテンションが高くてうざいな。そのまま受験忘れて浪人しろ。
「・・・・・・」
「ほら、クラス表よく見てみろ。高田優子って書いてあるだろ?なっ?」
「だから?」
「・・・・・・おま・・・ちょ・・・えっ?高田優子だぞ?わかるか?だ・か・だ・ゆ・う・こ。あの高田優子が同じクラスだぞ。知ってるよな。」
「名前はしってる。だから?」
驚愕して慌て出した山口を横へ引っ張ってゆく。
後ろにも表を見たいやつがいるのに、俺らがずっと前にいたら邪魔になる。
「お前・・・ついてるのか?」
「・・・・・・」
何も言わずに殴っておいた。
「・・・そうだよな。おまえが実は女です、なんてことになったら俺女の子信じられなくなる。」
何しみじみ呟いてんだ。似あわねぇよ。そのままゲイかバイになればいい。いや、そうしたら俺もこいつの性的対象になるのか。
なら、一生モテない女好きでいろ。
「名前は知ってるってことは、顔とかは見たことないんだ?」
「あぁ。」
「まぁ今までクラスも離れてたし、お前そういうのとか疎いから知らなくてもしゃーないか。名前知ってただけでも上出来だな。」
なんなんだ。この上から目線・・・。
「・・・・・・」
「兎に角、見てみたらわかるよ。なんでこんなに有名なのか。ちなみに俺ファンクラブ会員№0057。二桁とか、かなり上位なんだぜ~いいだろ。オフィシャルファンクラブにしたいんだけどさ、なかなか言い出しにくいんだよコレが。」
後ろで何かごちゃごちゃとうるさいやつをほって、自分の新しいクラスへ向かう。
新しい教室に入ると、もうほとんどの奴が集まっていた。流石に三年目なだけあって、かなりの奴らが知り合いみたいだ。一年の最初の時とは違ってグループになるのも早い。
だから友達作りにがっつくことなく皆思い思いの行動をしている。
俺も名前の座席表を確かめて、自分の席へ移動する。廊下側の後ろから三番目。まぁ、なかなかいい席だ。山口は隣の列で、教卓の真ん前の前から一番目。アホにはちょうどいい似合いの席だ。せいぜい先生に見張られとけ。
「むとー!!俺の席最悪なんだけど~。お前はなかなか立地条件いい席だな。」
「あぁ。」
俺のところによってきた山口は、そわそわと落ち着きなくあたりを見回している。
・・・・・・上手く隠してるようだがバレバレだ。まずキョどるな。
「あっ!いたぞ、あの方が我らが麗しの優子姫だ。」
山口の目線を辿ると、あいつが指し示している人間が誰だかすぐにわかった。
兎に角、周りとは違う。顔の美醜だけはない。見目が良い奴なら掃いて捨てるほどいるだろう。だけど纏う空気からしてその辺にいるような奴じゃない。カリスマ性というやつだろうか。とても惹られる。ひれ伏したくなる支配者のそれと似ている。
上に立つべきために生まれてきた人間というものを初めて見た気がした。
彼女は前の席の女と話を聞きつつ本を読んでいた。
「はぁ~、我らが女神は今日もお美しい。なっ?武藤。・・・おい、武藤?武藤!聞いてるか?」
俺は山口の話なんか耳に入っていなかった。雷に打たれたような衝撃に打たれ、彼女にただとらわれていた。
今まで体験したことがない衝撃だったため、自分のこの気持ちが何なのか気づくのに時間がかかった。
気付いたところで、俺にはどうしようもないのだが。
俺は一目惚れというものをしたらしい。
まさか自分が体験するとは思わなかった。
科学的には、一目惚れというのは自分の持っていない遺伝子や免疫なんかを子孫に伝えたいがためのものらしい。詳しいことは俺にもよくわからないが、もしそうなら彼女は他の人間とは違ったものを持っているのは確かだから、大層本能的面でも惚れられるのだろう。
理性的な面でも彼女は最高に良い女の子のようだ。
俺みたいに女子供に怖がられるような男には彼女を得るのは到底無理な話だ。
馬鹿みたいに遠くから見つめるだけの一員になるだけで満足しなければならない。
そのくせ、告白する勇気も持ち合わせてないくせに、彼女に他の男が近づくとそいつを殺したくなる。
そんな自分に自己嫌悪して昔からやってた剣道で憂さを晴らすように相手を叩きのめす。
乙女なわけじゃないが、ホントにこんな気持ちにさせる彼女が憎くなるほどに気持ちが日々募ってゆく。
身勝手な独りよがり。
愛と憎しみは表裏一体。可愛さ余って憎さ百倍。
まさか自分が体験するなんて。
二人とも気づいてないだけでお互いべた惚れです。