推しのVtuberとリアルで出会えたファンの話
「あ……あの、これ……落としましたよ」
他クラスの女子に声を掛けられ、俺は勢いよく顔を上げた。
「…………!」
「え……えっと、なんですか?」
「いや、なんでもない。拾ってくれてありがとう」
彼女の手から消しゴムを受け取り、俺はそのまま席に座った。
──おい、今の声って。
聞き覚えがあった。
俺は自分の耳に自信がある。
どんな声でも、割とすぐに誰かと判別することができる。
それで、先程の地味な女子生徒の声は……
──俺の大好きなVtuberの声と同じだったぞ⁉︎
彼女は黒髪で、前髪を長く伸ばしていた。Vtuberのキャラとは髪型も違うし、何より雰囲気が全然違ったので声を掛けられるまで全然気付かなかった。
「まさか……な」
しかし、あれほどまでに可愛らしい声の持ち主がこの世界に二人もいるはずがない。
──間違いない、あれはおれの最推しの子だ!
Vtuberオタクである己の本能が告げている。
──絶対にそうだ! 根拠はないが、そう確信した。
俺はすぐさまスマホを取り出し、『Vtuber』というワードを検索する。
すると、とある動画サイトに辿り着いた。
そこには、一人の少女が映し出されていた。
「天音ノアちゃん……」
その美少女は『天の川キラキラ系バーチャルライバー天音ノア』
チャンネル登録者数50万人を超える大型事務所所属の大人気Vtuberだ。
動画をスワイプし、声を確認する。
……。
…………。
………………。
「ほら、やっぱりだ!」
あの子で間違いない。
天音ノアと……生で話したんだ、俺!
感動して心が躍る。
──ああ、マジか。俺はなんて幸せ者なんだ。
……でも、
彼女はどうしてあんな地味な格好をしているのだろうか。
チラリと見た感じ、容姿はかなりハイスペックだった。
声音も意識して若干低くしているようだった。
──ということはやっぱり、自分が大人気Vtuberだということは隠しておきたいのだろう。
身バレというのはVtuberにとっては何よりも恐ろしい。……そんなネット記事をどこかで読んだ気もする。
──よし、俺も彼女が『天音ノア』だとバレないように協力しよう!
俺にとって『天音ノア』という存在は、生き甲斐外のもの。
守るべき推しだ!
こうして俺は、人知れず……勝手に彼女の正体がバレてしまわないようにと意気込む。
まぁ、結局……その日の二ヶ月後に、あっさりとバレてしまうのだが。
それはまた別のお話。