点取り屋 軽韋駄 朱那はピアニスト(好事百景【川淵】出張版 第一i景【サッカー】)
フットサル、やりたい。
——来た、来た! ゴール前!!
走り込む軽韋駄にあわせるか!?
扇出、ラストパスを入れる!
ああっ! 合わないか!?
軽韋駄の背中にあたって、ボールは高くあがる。
…おおっと!
そのまま、軽韋駄! 軽韋駄!!
頭だ! ジャンプ一番、ヘッドで押しこんだ!!
ゴオォォォォォォオルゥ!!!
部屋のなかに響くのは。
オーディオからの録音された演奏と。それにあわせて、たったいま、うみだされている生演奏。
ぼく、軽韋駄 朱那はピアノを弾いていた。
しめきった窓にカーテンは揺れない。
豪邸か、よほどの田舎でもないかぎり、日本の住宅事情ではしかたないだろうな。
それでも、防音のしっかりしたこの部屋なら、こうしてピアノをひいても、隣近所から苦情がくることはない。
流れているのはクラシックじゃなくて、ハード・ロック。ハモンドオルガンのキーボーディストではなく、ギタリストのリフに絡めるように弾くのが、ぼくの楽しみかただ。
リフの裏をとる、副旋律。五度でハモるだけでは、芸がない。
何度となく、併せた曲に。
あるときには、お決まりのフレーズを。そしてまたあるときには、即興でべつのフレーズを弾く。
音楽の、こういった創造性はサッカーと通じるものがあると、ぼくはつねづね考えている。
創造性といえば、昨晩のゴール。
ぼくは足もとに呼んでいるっていうのに、あいつときたら。
うちの10番、扇出 明日歌とは、とことん息が合わない。
とはいえ、9番のぼくとあいつがちぐはぐでは、勝てる試合も勝てなくなってしまう。
だから、からだのどこかにあてて、ボールを跳ねあげる。
172cmと、高さを競うには不利な身長はしているが。じぶんでコントロールしてあがったボールに、ヘッドであわせるんだ。そこまでの流れができているぶん、でかいDF連中より、はやく反応ができて、競り勝てもする。
まうしろからのボールを、背中、ヘッドのツータッチで結びつけたゴールを。スポーツニュースでは、好プレイというより珍プレイの扱いだが、あれは偶然の産物ではない。
フィジカルで劣るぼくは、脚に限らず。からだのどこにあてても、あるていどのボールコントロールができるように、技術を磨いている。
脚だけでも、インサイドにアウトサイド。足裏にヒール、膝や腿だって使えなければ、国内でも1部リーグでは闘えない。
胸、腹、背中。頭だって、ひたいと側頭部、後頭部では、使いかたがずいぶんちがう。
さすがに、尻や裏腿に、ライナー性のパスをぶつけられまくった試合のあとは、あいつと口もきいてやらなかったが。
その夜、背中にあてたボールを跳ねあげる練習に、さんざんつきあわせてやったんだから、ゆるしてやるとした。
その結果が、昨晩の試合のゴールだ。
こんな背景を知っていれば、だれもあれを珍プレイだなんて言わないだろう。
172cmの点取り屋が、生き残るために創り出した、うまれるべくしてうまれたゴールだ。
そこに、どんな異論も挟ませはしない。
収録曲を奏で終わり。回転を止めたCDを、オーディオから入れ替える。こんどは、おなじギタリストの別バンド。彼の歌うようなリフは、こちらのバンドで完成したものだと、ぼくはとらえている。
あぁ、このギターリフ。
きょうは、どんな絡ませかたをしてやろうか。
ホームゲームのナイター明け。ゲームに出場した選手は練習が免除のため、ぼくは思うぞんぶんピアノを弾かせてもらう。
からだのどこに、ボールをあててもコントロールができる。それこそがぼくのプレイスタイルだけど。
尻と裏腿以外にも、それがかなわないからだの部位がある。
それは、この両腕だ。
だから、そのぶん。
ぼくは、この両腕で、サッカーボールのかわりにピアノを弾く。
なぜピアノかって?
わからない?
ほら見てごらんよ。
白い鍵盤を、黒い鍵盤が繋いでいるのがわかるだろ?
これって、なにかに似ていない?
そう、サッカーボールだ。
白を黒が繋ぐ、その姿が。
ぼくにはうりふたつに見えるのだけれど。
なぜか、チームメイトはそれに同意してくれない。
唯一、共感を示してくれているのが、チームでもっともプレイの息が合わない扇出だってのは、不思議なものだが。
とにかく。
休日には、ピアニストとしてこの両腕を。
平日には、サッカープレイヤーとして、両腕以外を。
黒で繋がれた白で、音やゴールを奏でるための日々を過ごす。
この172cmの全身を、黒で繋がれた白へと捧げる。
それが、ぼくのプレイスタイルであり、ぼくのサッカー。
ぼくのハード・ロックであり、ヘヴィ・メタル。
芝生のうえも、五線譜のうえも、ぼくのピッチ。
172cmの9番が駆けめぐるフィールドなんだ。