エントス大陸24
フロレスタ森林の外に出た。
呼吸が荒い。
間接的とはいえ人を殺した。
大蟻の恐怖心からか、人を殺した罪悪感からか、またはその両方からか、涙を浮かべながら顔を引っ掻いてる。
ハムはレザーグローブをつけているからか血がダラダラとは出てはいないが、そのグローブが安物で粗い為、皮膚から血が滲んでいる。
そしてサラミがハムの腕を掴む。
「おい!ハム!やめろ!」
「だって…だって!」
「落ち着け!深呼吸しろ!」
喘息持ちの人が発作を起こしたような深呼吸をする。
科学技術が進んだ国では精神安定剤という精神的なダメージを回復したり一時的に鎮静化させる薬があるらしいが、エントス大陸は科学技術より魔法技術が進んでいる。
そして、ここには精神を安定させる事が出来る魔法を使える人は…
…”ヌル”さんは魔法が使えてマジックアイテムも沢山持っている。
「”ヌル”さんは精神を安定させる魔法使えますか!?それかマジックアイテムありますか!?」
———可能だ。
攻撃魔法特化の”ヌル”でも廃人になっていないなら精神を回復させられる魔法を一応使える。
そして廃人…どころが精神系の魔法で死んだ人すら同時に何億人も(蘇生阻害や魂を破壊されていなければ)精神を元に戻し蘇生する事ができるマジックアイテムを何百個も持っている。
もう分かるだろう。
”ヌル”は助ける義理が無ければ助けない。
金のスライムを倒した時に渡したマジックアイテムは?
そりゃ、馬車に轢かれそうだった子猫の命を救ってくれた事のお礼だよ。
うちが魔法を発動させるより早く子猫を1度助けてくれたお礼として彼らの命を1度助けられるマジックアイテムをあげたんだ。ついでにサラミの魔法のバッグも
本人達はそれが理由とは知らないだろうが。
とにかく『使えるし持ってるよ。一応ね。』なんて間違えても言わない。
『残念ですが持ってないです。』
一応契約相手だから敬語を使う事も忘れずに。
「そうですか。」
とりあえず宿を取ってハムが落ち着くまで待つ事になった。
ハムが目覚める。
ここは…ベッドだ。
いつも見る天井とは違う。
話し声が聞こえる。
白い服を着た男達…白桜騎士団の人達と
サラミとベコと”ヌル”さんが話している。
「———して、大蟻の群れから必死に逃げてですね。見ていなかったのでその男がどうなったかは分かりません。」
「なるほど、一通りの事は分かりました。団長が来るまでしばらくお待ちください。」
白桜騎士団の人が白い紙にメモをとっている。
かなり白いが真っ白ではないから中質紙という紙だろう。
流石ヴァイス家の騎士団だ。紙まで高級品だ。
ヴァイス家は父親が公爵でその2人の息子が伯爵と子爵というノヴェシ王国では知らない人が居ないくらいかなり権力があるからなぁ。
…ノックの後に扉がゆっくり開く。
ベコとは真反対な開け方だ
そして扉から入ってきたのは白桜騎士団の制服を着ているが女性だ。
サラミより身長が同…胸でっか!
ハムとハムのは元気を取り戻した。
が…恋のキューピッドにハートを射抜かれた。
サラミと一緒に。
critical hitというエフェクトが出た気がする。
エントス大陸には茶髪の人が多いが”ヌル”さんと同じように黒髪だ。だが目は茶色だ。
「あ、団長。これを。」
中質紙を胸が大きい女性に渡した。…団長!?
「ありがとう。」
と言ってさっきまで騎士団の男が座っていた椅子に座った。
「こんばんは。白桜騎士団の団長のブランコです。」
「は!はい!サラミ17歳です!今お付き合いしてる方はいません!」
サラミは初めて行く合コンの自己紹介のような事を言っている。(付き合ってる人が居たら合コンに来ちゃダメな気がするが)
『こんばんは。”ヌル”です。よろしくお願いします。』
“ヌル”は普通の初対面の人にする挨拶をする。
「…。」
こちは少し羨ましそうな顔でブランコの胸と自分の胸を見比べている。
「わ…」
ハムはブランコの胸をじーっと見ている。
「は、はい?とりあえず…大蟻の群れの事を教えて頂きたいのですが。」
サラミが喜んで!という顔で口を開らこうとした時”ヌル”に先を越された。
『何故ですか。』
「他の人に被害が出ない為に討伐する為です。」
『その紙に書いてある男が女王蟻を攻撃したから、蟻は攻撃したんです。なのに何故、蟻を殺すのですか?』
「人間は神に選ばれた存在です。なので異種族より人間を優先するのは当たり前です。それにどうして男が女王蟻を攻撃した事が分かるんですか?」
“ヌル”は【人間は神に選ばれた存在です】という言葉を不快に感じた。
『人間が神に選ばれた存在というのは認めますよ?神の玩具に選ばれた存在が人間ですもんね。理由は彼が持っている剣と同じ物が女王蟻に刺さっていました。』
「…女王大蟻が先に攻撃をしたのかもしれませんよ?」
『頭部に剣が刺さっていました。あの蟻に真正面から戦う事は貴方程の強さを持っていても不可能に近いです。』
ここまできたら相手は情報を教える気が無いと普通は思うだろう。
「…そうですか。なら、強制的に教えていただきますね。」
その女はかなり古い人間の頭蓋骨の破片らしきマジックアイテムを出す。
そして光る…発動させた。
——抵抗
「なっ…!」
「何故マジックアイテムを使うのですか?私は何故討伐するのか疑問に思い聞いただけですが?情報を喋らないなんて一言も言ってませんよ?それに、マジックアイテムを使う必要性はありません。横に居る彼は貴方と話したくてうずうずしてますから。」
“ヌル”はサラミを指差す。
「はい!」
サラミが大声で返事をする。
「そ…そうですね。では、サラミさん。聞かせてもらえますか?」
男は勝手に逃げたから分からない。そういう事にした。
「ふ〜…あの男何者!?聖遺物が効かなかったわよ?!?」
宿から出てしばらく歩いたブランコは騎士団の1人に問う。
「さ、さぁ…分かりません。」
“ヌル”が抵抗した物、それはただのマジックアイテムではなく神官達が作ったマジックアイテム…|聖遺物《彼らが勝手にそう呼んでいるだけ》だ。
しかもかなり上位の聖遺物だ。
「う〜ん。でも格好良かったわね。私のダーリン程じゃないけど!」
———窓越しで300mくらい離れているので宿にいる人には普通は聞こえない。だが“ヌル”は完全真空でも|大世界の果てから大世界の果て《宇宙約25000個分の距離》の音が聞き取れる程聴力が良い。(聴力が良いとかいうレベルではない気がするが)…つまり今の話が聞こえていたのだ。
そしてサラミとハムを見る。
どう見てもその既婚者に惚れたのだろう。
サラミとハムはボーっとしている。
”ヌル”はブランコが既婚者という事は言わないでおいてあげることにした。
“ヌル”は助ける必要がないのに助ける事はしないが
無駄に人を傷つける事もしない。
…言わないほうが傷つける可能性があるが。
『えっーと…君達大丈夫〜?』