第7話 何度も何度も....
僕は医務室の中を見渡す。
僕以外の人の姿は見えない。手当ては済んだあとなのだろう。身体中が包帯だらけだ。
ベッドから起き上がり立ちあがろうと試みるが体中に痛みが走る。これほどの深傷だったのかと、僕は思った。
もう一度ベッドに横になり思考を巡らせる。なぜこのような体験ができるのか?記憶の世界と勝手に僕自身で名付けたが、まるで現実世界のようだ。
物を触る感覚もある、痛みだって感じる、会話する事もできる。まるで、僕がその人本人になったような感覚。
そして、何よりこの出来事を誰にも話すことができない。それがかなり厄介だ。
ちょっと待てよ。僕は今、あの殺された衛兵の記憶の世界にいる。ということは、これからあの白髪の男が僕を殺しに来るのか?
また殺される!現実世界ではないとわかっている。しかし、あの時は痛みも苦しみも感じた。そう思うと、恐怖が蘇ってきた。
どうしたらいい?この体の状態じゃとても戦えない。いや万全の状態だったとしても、あの白髪の男には恐らく勝てない。
どうする?どうする?
"ガチャ" 扉の開くと音が聞こえた。
まずい!もう来たのか!ヤバい!
僕は恐怖で体に力が入る。
「怪我の具合はどうだ?」
入ってきたのはビスケット隊長だった。
「あぁ、ビスケット隊長」
僕は安堵の息を漏らす。今はとりあえず衛兵として、振る舞わなければ。
「傷は痛みますが、なんとか大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「いや、いいんだ。よく生き残ってくれたな
ところで、襲撃してきたのは白髪の男が2人と言っていたな。顔はハッキリと覚えているか?」
僕は衛兵が攻撃された時にその場を目撃したわけではない。だから、白髪の男が2人組だと言う事も、会話の中で聞いた情報しかない。しかし、確か全く同じ顔で双子のようだったと言ってた。
つまり、僕が国王の部屋で遭遇した男と同じ顔をしている事になる。僕はあの時に遭遇した男の顔を思い出しながら、ビスケット隊長に説明した。
「そうか、顔もハッキリと見て特徴も覚えていたか......残念だ」
そう言うとビスケット隊長は剣を抜いた。
「えっ、ビスケット隊長なにを?!」
ビスケット隊長の剣が僕の胸に突き刺した。
がはっ、はっ、息ができない。痛い、苦しい。ビスケット隊長と目が合う。しかし、その目はまるで別人のように冷たい目をしていた。
なぜ?この人がこんな事を!
視界が暗くなっていき、ビスケット隊長の顔も見えなくなった。
そして、僕は死んだ。
はっ!と目が覚める。
「わっ!!」僕は思わず声をあげた。
ほんの数センチのところにミラの顔があり、綺麗な瞳が僕を見つめていた。
「ちょっと!その反応はないんじゃない?まったく」
「あっいや、ごめんなさい。急に目の前に美人な顔が現れたものだから、つい」
「ちょ!あなた、またそんな事言って!私を褒めていったいどうするつもり?」
ミラは褒めると顔を真っ赤にして冷静さを失い言動が少しおかしくなる。相変わらずこの反応が可愛い。
「そんな事よりもナキ、あなたまた急にうずくまったりして、本当に大丈夫なの?」
「いや、そんな事より...」
言いかけてやめた。いきなりビスケット隊長が衛兵を殺したなんて言ってもきっと信じてもらえない。
「ん?どうかしたの?」
「いえ、大丈夫です。心配かけてすいません」
今はそう答えることしかできない。
しかし、どうしたらいい?
ビスケット隊長は奴らの仲間なのか?
なぜ衛兵を殺した?
確かビスケット隊長は白髪の男の顔を覚えているか?と聞いてきた。
僕は見た目の特徴を覚えている範囲だが説明した。
そして、殺された。
この前は白髪の男の髪を掴んだ事によって、髪を手に握っていた。そして、それは現実世界にも反映された。
あの時のように、ビスケット隊長が衛兵を殺したという証拠を残せればよかったのだが。
いや、それよりも殺されないように逃げるべきだったか?
そんな事を考えていると、
「ねぇ、ナキこれを見て」
ミラは衛兵の胸のあたりを指指して言った。
「どうかしたんですか?」
「この傷跡、なんか他の人達と違くない?」
「違うってどんなふうに」
少しだけ僕の体が衛兵の遺体に触れた。
いたっ!! 頭が痛いっ!! また?!
いつものように僕の意識は遠くなり、気がつくと、あの景色に。
また記憶の世界に来てしまった?
さっきと全く同じ状況だ。2回目もありなの? しかし、これはチャンスなのかもしれない。
どうにかこの部屋から抜け出して助けを求めれば殺されるのを回避できるはず。
痛みに堪えながら、ベッドから降りる。
痛いっ、全身がズキズキする。
医務室の扉を開けて、廊下に顔を出して外の様子を確認してみる。誰もいないようだが、とにかく誰かに会わなければ。
僕は医務室を出ると、壁に手をつきながらどうにか歩みを進める。
誰かいないのか。カイルでもコイルでもいい。とにかく誰かに合流すれば、ビスケット隊長もそう簡単に手出しはできないはずだ。
「そんな体でどこに行くつもりだ?」
背後から声がした。振り向かなくてもわかる、聞き慣れた声。
僕が振り向くと、ビスケット隊長はすぐ目の前まで迫っていた。
声を発する間もなく、胸を刺される。
僕は膝から崩れ落ち、目の前のビスケット隊長を見上げる。
またあの目だ。あの冷たい目で僕を見下ろしている。
くそっ! また死ぬのか?
僕はうつ伏せに倒れて、そのまま死んだ。
目が覚めると、僕は医務室ではなく廊下にいた。
「ちょっとホントに大丈夫?」
ミラが心配そうに声をかける。
そうか! 殺された場所が医務室から廊下に変わったから、遺体を見に来た場所もここに変化したんだ。
やっぱりあの記憶の世界で起こした行動は現実世界にも反映される。
2回目がいけたんだ。きっと3回目だって!
そう思い僕は衛兵の遺体に手を触れた。
頭痛と共にスッと視界が一瞬暗くなる。
やはり、いけた。これで3回目の記憶の世界。
僕は再び、医務室から飛び出しさっきとは逆の方向へ歩き出す。
しかし、またしてもビスケット隊長に遭遇し殺された。
僕は殺される恐怖に耐えながらも、何かに取り憑かれたように、何度も記憶の世界に訪れては殺されるを繰り返した。
そして、思った。殺されてしまう運命は変えられないのではないか?
それならば、殺される運命を回避できないのなら、僕は覚悟を決めた。
再度、記憶の世界に来た僕は医務室内を歩き回り、武器になりそうなものを探す。
そして、棚の引き出しの中に小さな果物ナイフを見つけた。
この前のように髪を掴んだところでそれがビスケット隊長が殺した犯人だという証拠にはならないだろう。
もうこの方法しかない。
僕はナイフを見えないように枕元に隠した。
時が経つのが長く感じる。前回の国王の部屋で白髪の男に殺された時も今回も記憶の世界に入り込んで殺されるまで、おそらく5分前後のような体感だった。
僕は深く息を吸いふうっと吐いて心を落ち着かせる。
大丈夫だ! 落ち着け!
自分に言い聞かせた。
ガチャ! 扉が開いた。
「怪我の具合はどうだ?」
ビスケット隊長が医務室へ入ってくる。
「傷は痛みますが、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
落ち着け! 僕、落ち着け!
「それより白髪の男の顔や特徴はハッキリと覚えているか?」
僕はその質問に対して数瞬考えた。
逃げる事に必死で、白髪の男の事をハッキリと覚えていないと答えた場合のパターンをまだ試していない事に気付いたからだ。
どうする? 今、試すべきだろうか?
覚悟を決めたはずなのに、気持ちがぶれてしまう。
どうせまた殺されるんだ、試すくらいなら
「いえ、顔はハッキリと覚えていなくて」
僕はそう答えた。
「そうか」ビスケット隊長がそう言ったあと数秒の沈黙が流れる。
「いーや、こいつは嘘をついている」
背後から声が聞こえたその瞬間、背中に痛みが走る。
背中から胸にかけて何かが貫通してきた。
だれだ? いつの間に背後に?
いや! この声は聞いた事がある!
国王の部屋で僕を殺したあの白髪の男だ。
くそっ! ビスケット隊長に殺される前にナイフで反撃するつもりだった。傷を負わせれば、その傷の原因を追求して疑いを持たせる事ができたかもしれない。
白髪の男がビスケット隊長の隣に移動したので、僕はその姿を確認できた。
やっぱりあの男だ。
「ん〜? お前、微かだが俺たちと同じ匂いがするなぁ」
白髪の男がそう言いながら再度僕の元へと歩み寄ってくる。
くそっ! 来るな! こっちへ来るな!
白髪の男が僕の首を掴む。
くそっ! 離せっ! なん....だ!
体が....あつい! あつい!
次の瞬間、僕の体から炎が溢れ出す。
白髪の男は素早く後ろへ飛び退いた。
「ははっ! やっぱりてめぇ普通じゃあねぇな」
「なんだ! 一体どうなってる?」
ビスケット隊長は驚いた表情をしている。
僕は朦朧とした意識の中、2人に向けて両手を突き出した。
両手から放たれた巨大な炎が医務室内全てを飲み込んだ。
「くそっ!」
2人は炎に包まれながらも、どうにか医務室の外へ逃げたようだ。
獄炎に飲み込まれた医務室の中で僕はひとり取り残された。
炎の眩い光に包まれながらも、視界はどんどん暗くなっていく。
そして、僕は死にその遺体はそのまま炎に飲み込まれていった。
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