第2話 仕返しは獄炎にて....
「ミラさん、やっぱり仕返しなんていいですよ。やめましょう」
僕はミラの所有する馬車に乗っていた。
もちろんあの作業場に向かっているわけだが、今になって僕は怖気付いている。
「やめましょうって、あなたは悔しくないの?あんなにボコボコにされて、信用してた友達に裏切られて、バカにされたままでいいの?」
「そりょ悔しいですけど、でもわざわざ仕返しなんかしなくても。僕はもうあの作業場で働くわけでもないし」
「ダメよ、あなたはもう私の執事になったんだから、私の言うことに従ってもらう。そして、やられたらやり返す。それが、私のモットーなの。今までもずっとそうしてきたから」
ミラは腕を組んだ姿勢で僕に睨みをきかせた。
「でも、今作業場に行ったら僕を殴った連中だけじゃなく他の作業員だっている。みんな喧嘩っ早い連中ですよ?全員を敵に回しちゃいますよ?」
作業員は全て合わせると100人以上はいる。その全てを敵に回してどうにかなるわけない。僕は必死にミラを説得した。
「敵が何人いようが大丈夫。私は魔女なのよ?言ったでしょ。そして、あなたは魔人の力を持ってる。その力を引き出せば逆に手加減して戦う方が難しいって思うほどよ」
説得も虚しく、ミラは完全に喧嘩上等の臨戦体制のようだ。
「そもそも、ミラさんが魔女ってマジですか?魔女はもう500年以上も前に滅びたはずなのに。それに僕の魔人の力ってやつも信じられない」
「魔女が過去の魔女狩りによって滅びかけたのは事実よ。でも実際は何人かの生き残りがいたの、その末裔が私。滅びたなんて世間が言ってるだけ。そして、あなたの体の中に眠る魔人の力も本当よ。今はまだ眠ってるけど、きっかけさえあればすぐにでも目を覚ます」
ダメだ、僕にはこの人を説得することはできない。
「おい、クソガキ。いつまでもウダウダ言ってねぇでもう覚悟決めろよ。ミラ様がそう言ってんだ。それに従えブタヤロー」
馬車の前方で御者を務めるムースが相変わらずの口の悪さで言った。
なんか口の悪さエスカレートしてない?って僕は思ったのだがそれを言うと何倍にもなって返ってきそうなので何も言わなかった。
そして僕はもう諦めて従うことにした。
「そろそろ着く」
ムースの声が聞こえた。
馬車の小窓から見える景色は確かに僕の見慣れた場所だった。本当に来ちゃったんだ。
諦めて覚悟を決めたはずなのに、いざ着いてみるとやっぱり怖くなってきた。
「ちょっとナキ。何を今更ビビってるのよ。シャキッとしないよ、もう」
ミラが僕の肩を小突いた。
馬車が止まって僕とミラは数時間ぶりに地に足をつける。着いた場所は作業場まで歩いて数分といったところだ。
「さぁナキ!行くわよ」
ずかずかと進んでいくミラのあとを追う。
その姿はどこか頼もしくも見える。
作業場の入り口に着くと、すぐ近くにいた作業員の男を捕まえてミラが開口一番に、
「ねぇ、きみ。ここの責任者呼んできてくれる?親方って呼ばれてる人。わかるでしょ?」
「はぁ?あんた誰?」
男がミラを睨みつける。男の疑問はごもっともだ。いきなり責任者を呼べなんて警戒されるに決まってる。
「いいから早く呼んできなさいよ」
ミラが男の額に人差し指で触れる。すると、男はまるで操り人形のようにぎこちない動きで作業場の奥へと走っていった。あんなに啖呵を切っていた男が素直に言うこと聞いた。
「ミラさん今のは?」
「ちょっとした魔法よ。他人の動きや言動をコントロールする魔法。あまり持続性はないし、魔力の強い相手には通用しないんだけどね」
私は魔女。ミラの言っていたことはやはり本当なのかと僕は思い始めていた。
それから数分もしないうちにさっきの男が親方を引き連れて戻ってきた。その姿を見て僕は思わずミラの後ろに身を隠してしまう。
「俺に何か用かよ、嬢ちゃん?」
「あなたに用があるのは私じゃなくてこの子よ」
ミラは僕の腕をひっぱり親方の前へと引きずりだす。
「てめぇ、ナキ。なんでここに...」
親方は驚いた顔をしていた。無理もない。昨夜、気を失うまでボコボコにした相手がピンピンして自分の前に現れたのだから。
「あなたこの子を数人でよってたかってボコボコにしたでしょ?その仕返しに来たの。だからあなたこの子とタイマン張りなさいよ」
えぇーミラさんなんか話が違くないですか?タイマン張るなんて聞いてないし。
「こいつとタイマン?なんだか知らねえが上等だコラァ。またボコボコにしてやるよ」
親方はやる気満々だ。
明らかにうろたえる僕の耳元で、
「大丈夫よ。今回は私が力を貸してあげるから。あんなヤツぶっ飛ばしちゃえ」
ミラさん、なんかちょっと楽しんでませんか?いつも殴られるばかりで、喧嘩なんかしたことない僕がガタイのいい親方に勝てるわけない。そんなことを考えていると、
「ほら、来るわよ」
ミラが声をあげる。
「おらぁぁあ」
親方が勢いよく僕に殴りかかってきた。
僕はどうにか一撃目を回避することができたが、すぐに二回目の攻撃がきた。僕は避けきれず腹に拳をもらう。
(ぐはぁ!いた...くない。あれ?全然痛くない)
ミラの方へチラッと目をやる。ミラは親指をぐっとたててポーズを決めて、ニッと笑った。
なんすか?そのダサいポーズは。これってさっき言ってた力を貸してやるってやつ?
僕に対して何か魔法でもかけたのか?
親方の攻撃は何度も僕を捕らえる。しかし僕には何のダメージもない。
何度殴ってもケロッとしている僕を見て親方は息を上げながら少し怯えた目をしていた。
いつのまにか作業員たちが集まって野次馬化し、僕たちのタイマンを余興のように楽しんでいる。
「ナキ、受けてばっかりでどうするの。あなたも反撃しなさいよ」
その言葉を聞いて僕は反射的に親方へ拳を突き出す。その拳は親方の腹に命中し、そのまま数メートル先まで吹っ飛んだ。
(うわっなんだこの力)
親方はお腹を抑えて苦しそうに体を起こす。
「くそっなんだよ、こいつ化け物かよ。おいっみんな、あの化け物ぶっ殺せ」
親方のその言葉で野次馬と化していた作業員達が一斉に僕を見た。
そして一呼吸おいた次の瞬間、僕に向かって全員が走り出した。その中には昨夜僕をボコボコにした連中も混ざっている。
僕は反射的に逃げた。さすがにこの人数が一斉に向かってくるとビビってしまう。
とにかくひたすら走った。
走り回っていると目の前にサクマの姿が見えた。サクマの顔を見た瞬間、なぜか僕は怒りがふつふつと湧いてきた。
そもそもこいつのせいで僕は...
サクマも僕の姿に気づいたらしく、何か言おうとしている。
しかし、僕は走っている勢いのままサクマの顔面に拳をぶち込んだ。サクマはその場に倒れ顔をおさえてもがいている。
なんかスッキリした。仕返しなんてと思ってたけど、意外とスカッとするものだ。
しまった!サクマに気を取られてるあいだに僕を追ってきた連中に囲まれた。
一斉に殴りかかってくる。誰かの拳が僕の頬をとらえる。
ボコッ!!あれ痛い?
それをきっかけに次々と僕は殴られる。
あれ?痛いぞ?なんで?もしかして魔法の効果が解けた?
僕は地面にダンゴムシのように丸まってひたすら攻撃に耐えた。
なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないんだよ?やっぱり仕返しなんてしに来るんじゃなかった。
ヤバい、このままじゃマジで殺されるかも。意識も飛びそうだし、マジでヤバいかも。
僕は意識がだんだんと薄れていくと同時に体が熱くなっていくのを感じた。
なんだ?体が焼けるように熱い、熱い。
熱い、熱い、熱い、熱い。
あまりの熱さに僕は地面を両手で叩いた。
その瞬間、まるで衝撃波が起こったかのように僕を囲んでいた連中が吹き飛ぶ。
「熱い、熱い、なんだよコレ」
作業員たちが燃えている。
あれ?火?僕の体から火が出てる?
全身が燃えるように火に包まれている。だけど、先ほどまで感じた熱さはない。
僕はどうにか意識はある。しかし、体が別の誰かに操られているかのように言う事をきかない。
手を前に突き出すと巨大な炎の塊が次々と飛んでいく。そして、作業場の至る所を焼き尽くす。
人々が逃げ惑う。
しかし、僕の手は止まらない。
あっという間に作業場は火の海と化した。
全焼と言っていいほどに燃え尽きた頃、僕の体から発せられていた炎も消え、体も僕の意識で動くようになった。
僕は変わり果てた光景を見て立ち尽くす。
「ちょっとやりすぎー」
ミラがいつの間にか背後に立っていた。
「僕は一体どうなちゃったの?」
「そんなのあとあと!とにかく逃げるわよ。リンチの仕返しで作業場焼き尽くすってシャレになんないわ」
ミラは僕の手を取ると入り口に向かって走り出す。そこにはすでにムースと馬車が待機していた。
勢いよく馬車に乗り込むとすぐに出発した。
僕が黙って座っていると、
「あれがあなたの魔人の力よ。獄炎の魔人。命の危機がきっかけで目覚めちゃったのかも。てかごめんね、私の魔法途中で切れちゃったみたいで」
ミラは両手を合わせて謝ってきた。
「魔人の力がこんなに恐ろしいものなんて知らなかった。それに殴られた傷も治ってる。これも魔人の力?」
「おそらくそうね。魔人は治癒能力が桁外れに高いらしいから」
「そうですか...こんなことになったのに、なんだかスッキリしました。かなりやりすぎましたけど、仕返しは成功ですよね?」
「あったりまえじゃない。大成功よ!やられたらやり返す。それが私たちのモットー」
ニッと笑うミラの笑顔は可愛かった。
魔女と獄炎の魔人。
確かに最高の組み合わせなのかもしれない。
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