スローライフの婚約破棄
ここは川べりの村ガタバック。
お父さんは元冒険者、お兄ちゃんも鍛錬してる。
お父さんが言うには、私も魔法の才能がずば抜けてるんだって。
だけど私はスローライフを愛しているので、この村から離れたいとは思わないわ。
そんなある日のことでした。
「ニーナ、君との婚約は破棄させてもらう」
ニーナの婚約者、ルーカス・シュナイダー男爵がそう言ったのは、
彼女がレンコン畑から荷車を引いて戻っている途中のことだった。
突然の申し出に、状況がのみ込めずにいたが、別れ話だということはのみ込めた。
別れ話自体は、マイナス思考がゆえに日々シミュレーションしてきた彼女だが、婚約破棄と申しつけられるとは想定外だった。
「あの、ルーカス?私に何か悪いことがあったの?」
「君には何も悪いことはないよ」悲痛な面持ちでルーカスは言う。
「じゃあ婚約破棄はなんで?私が嫌いになったの?」
「君の事は愛している、だけど、君のお兄さん、ヨハンと決闘することになった」
「どうして?どうして決闘なんてことに?」
「ヨハンは、僕がこの村を食い物にするために君に近づいたと思っている。僕は僕の名誉に誓って、君を愛している。だから決闘するしかなくなったんだ」
「じゃあもう一度ちゃんと話をして、そんな決闘はやめたらいいのに」
「彼は僕の名誉を傷つけたんだ、もう後にはひけない」
「婚約破棄とは関係あるの?」
「婚約者の兄は殺せない、ヨハンだって妹の婚約者を殺せはしないだろう。婚約破棄は対等な勝負であることの証明なんだよ」
「ばかみたい、私はどうなるの?」
「すまない、わかってくれ。男の意地なんだ」
そう言って、ルーカスは馬から降りることもなく走り去って行った。
私は突然の婚約破棄宣言に対して、感情を抑えていた。
とりあえず家に帰って、この仕事を夜までに終わらせて、そのあと何とか気持ちを落ち着けよう。
子供じゃないんだし。そんな事を考えていた。
決闘ですって?ルーカスとお兄ちゃんが?
あの二人だって仲良くやってたんじゃないの?
ルーカスは私の事が嫌いになったからそう言ってるだけなんじゃないの?
ルーカスとお兄ちゃんのどちらかが死んでしまうなんて、ダメよ。
なんとか止めないといけない。ウソだと言って欲しい。
ルーカス、ルーカス、愛してるって言ってたのに。
この村のことが好きだって言ったのに、村から山を見上げた時の太陽のかげりが好きだって言ってたのに。
やっぱり田舎は嫌なのかしら。やっぱり私がお化粧もしないで畑仕事ばっかりしてるからかしら。
デートって言ってもちょっと眺めのいいところでお弁当食べるだけだもんね。
だからって決闘とか言って別れ話をするなんてないんじゃない?
新しくできた酒場でも、給仕の女の子が3人くらい雇われている。
給仕のコスチュームは胸が強調された「ディアンドル」とかいう服を着ている。
ルーカスにもああいう服できれいな髪でニコニコして接してないといけないんだろうか。
笑顔だったら私もいつだって忘れてないのに。私の方がだれよりも働くのに。
こんな風に馬を連れずに一人で荷車を引ける女の子が他にいるだろうか。
いるけど、嫌がってやらないだけだろうに。
結局モゴモゴと、関係ない考えごとをしながら歩いてると、涙があふれてきた。
私の何がダメだったんだろう。私がダメだから二人が決闘するんだわ。きっとそうなんだわ。
そんなことを考えながら、ニーナは家に帰り着くのだった。
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ルーカス・シュナイダーは、父が海運業で少し財産を作ったので、男爵と認められた家系にある。
男爵だが、領地を持たない。ルーカスはそんな父の事業を手伝うことと平行して、領地を持ちたいと考えていた。
ルーカス自身は次男なので、爵位自体を継承することができない。男爵と名乗っているのは見栄だけだ。
ニーナの住むガタバックの村は、港町から少し国境の方に川をさかのぼれば行き当たる。
切り立った山脈に囲まれた、盆地にある。大きめの湖があり、湖のそばに、隣国への抜け道もある。
ガタバックの村は元々小さな村だが、水源が豊富で、ニーナの父エトウィンがレンコン農業を始めたことで少し豊かになった。
最近では斜面を利用してワサビ農園も始めたし、キノコの栽培研究なんかも始めている。
ニーナの父エトウィンと会って話をした時から、ルーカスは必ず大きくなる村だと確信した。
そのため、ニーナと結婚し、この土地を王政の庇護下に置き、周辺を領有する。そうすれば隣国「リンドール」との交易も独占可能だ。
上の爵位を目指すまでには遠いかもしれないが、自分の力で男爵になるという野望を持つには充分な魅力があった。
ルーカスは、事実、そういった下心を持ってニーナに近づいた。
ニーナは魅力的な娘だ。ニーナと一緒に、デートを重ね、正直に、この村を大きくするんだという夢を語ると、一緒に夢を見てくれた。
ドレスをプレゼントし、父の主催するパーティーに家族全員で招待した。
華やかな装いもよく似合う。社交界にも馴染んでくれるだろう。
ルーカスにとって愛情の有無はあまり関係ない。都合の良いところに有力者の独身娘がいたということが重要なのだ。
ニーナ自身は、華やかな世界よりも、本当に村を愛しているようだ。
レンコンの品質改良のために、王都の図書館で、植物の系統選抜と交配の本を書き写して来たら、とても喜んでくれた。
農業にしかたなく取り組むタイプではなく、農業ガチ勢だ。それはルーカスにとっても嬉しい誤算だった。
社交界は経費が非常にかかる。貴族の妻として優雅な暮らしをしたがる女よりも、やりがいを持って働く女の方が数倍まともだ。
このまま、ニーナを娶ってこの村の一員として農産物一切を取り仕切る。
そのつもりでいたが、ニーナの兄ヨハンに下心を見抜かれ、毛虫みたいな害虫野郎とののしられたので、ヨハンに決闘を申し込むことになった。
ヨハンは現在、この村の治安維持のための青年団のリーダーになっている。
彼らは農業の合間に巡回を行い、不法移入者に名簿を記帳させて村に滞在する許可を出している。
滞在する間に担保となる品を預かり、村を出る際に返却する。村に滞在しないならスルーなのだ。
その程度のしくみで治安を守っているので、彼らは国の許可で入出国審査をしているわけではない。
通行手数料をとればそれだけでも大きな事業になるというのに。
しかし、ヨハンは以前に、現在の「勇者」を殴り倒したことがあるらしい。
鍛錬を欠かさないヨハン一人の武力は、現在おそらく王都の国王親衛隊でも太刀打ちできまい。
ルーカスは、自分がヨハンに勝てるはずないと考えている。なんとか、手持ちのお金をすべてあつめて、決闘代理人を雇う必要がある。決闘代理人には、親戚だということにしてもらわねばならない。
名誉のために、決闘は負けてはいけない。敗北するとすべてを失う。この村には戻ってこれない。死ぬことさえあるだろう。
しかし、勝利すれば、再度ニーナに婚約を申し込み、この村で有利に事業を始めることができる。
そのためにはニーナの兄であるヨハンを必要以上に傷つけてもいけない。殺すなんてもってのほかだ。
ルーカスは、二ーナに対する愛なんてない、婚約は利権獲得のため、野望のためだと思っていたが、
婚約破棄の後、自分の胸の奥に、大きな空白ができてしまっていることに気が付いた。
湖に小舟を浮かべて、ニーナと二人で魚を釣った。そんな思い出が二度と戻らないかもしれないことに恐怖を感じた。
これが愛なのかもしれない。ルーカスは決闘を申し込んだことを悔やんだが、もう取り消すことなどできはしない。
ルーカスは、勝ち目の無い勝負に挑むのだった。
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ニーナが家に帰ると、家族全員がそろっていた。
お兄ちゃんがルーカスに決闘を申し込まれたのは、家族の中でも問題のようだ。両親と真剣に話合っている。
それでも、私に一言も説明もなく、話を進めるのはひどい。
「お兄ちゃん、ルーカスに何を言ったの?私さっき婚約破棄されたんだけど」
涙声になりそうなところをぐっとこらえながら兄ヨハンに問いかけた。
兄は真剣なまなざしで答える。
「ニーナ、ルーカスはこの村を自分のものにしたいからお前に近づいたんだ。
ルーカスに全部任せると、俺たちはルーカスの奴隷として一生貧しい生活を強いられる」
「奴隷になるわけないじゃん、ルーカスはこの村のことを考えてくれてるのよ」
「ルーカスは男爵になりたいことしか考えてない、『ヨハンに自治を任せたらこの領地は安泰だね』なんて言い出すんだぞ。まだ自分では何もやってないくせに」
「ルーカスの手助けなしに、中央の人たちと取引先に渡りがつけられると思うの?」
「そんな仕事はルーカスじゃなくてもできる。俺とお前で直接国王と話をすることもできるはずだ」
「違うわよ、港町を牛耳る伯爵様がこっちに兵を連れてきたのにお兄ちゃん全員やっつけちゃったでしょ?」
「そんなこともあったね」
「伯爵様を説得して村の自治を認めてもらって、税率を取りまとめたのはルーカスなのよ?」
「だからって、この村はルーカスに支配させるのか?お前はルーカスが好きかもしれんが、そんな感情だけで村のことまで口を出すな!」
「お兄ちゃんのバカ!」
私は夕食も食べず、部屋に戻り、その日は夜遅くまでずっと泣いていた。
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ニーナは父と兄の事を考えていた。
ニーナの父エトウィンは、かつて「勇者イザーク」にクビ宣言をされた。
「女と遊びたいんだろ?お前は生死を賭けた戦いは向いてないよ、逃げ腰でやってんじゃねえぞ!クビだクビ!」
子供ができたので、危険の無い仕事をするべきだと、暗に言われたことを、父自身は、今は感謝しているとはいうが、わだかまりは消えないらしい。
勇者イザークは旅の目的を果たし、同じパーティの、「天から落ちた女神」と結婚した。
その子供が、現在の勇者アルバンとなる。
ニーナの兄ヨハンは、その現在の勇者、「イザークの息子アルバン」にクビ宣言された。
「今回はソロプレイ縛りなのでお前を仲間にしない」
兄ヨハンはそもそも勇者と一緒に戦ってもいないが、その時に、一度アルバンを殴り倒しているらしい。
それが今少し、村で有名なのだ。そのため村で大きな顔ができる。
勇者アルバンは、今も勇者としての旅の途中のはずだ。
そんなそれぞれの人生の敗北を、この家の男たちは二人とも味わっている。
そしてニーナは今日、婚約破棄をされて、しかもそれは兄のせいだとわかった。
ニーナは、
敗北した家庭の人間は何度もどこでも敗北するしかないのか・・・
この家にいる限り、私は幸せになれないのか。ルーカス、私をつれて逃げてくれたらいいのに・・・
ルーカスと私二人ならどこでも幸せにやっていけるかもしれないのに・・・
そんな風に布団にくるまりながら、家族を呪っていた。
部屋に近づく足音が聞こえる。お母さんの足音だ。
お母さんは冒険者ギルドの職員だった。お父さんたちの冒険を町でサポートしていた。
いろんな人を見てきたんだろう。その中からお父さんを選んで結婚したんだ。
「入っていいかしら?」お母さんの声だ。ノックはない。
「ウン」私はベッドの中から答える。
お母さんは、ベッドの私のとなりに座り、温かいお茶を渡してくれた。
このへんでとれるハーブで作ったやつだ。
「大変なことになったわね」お母さんが言う。
「お兄ちゃんとルーカス、どっちか死んじゃうのかな?」
「そうね、そんなことになったら耐えられないわよね」
「お兄ちゃんが死んでくれたらいいのに」
「ダメよそんな事を言っては」
「だってルーカス死んだら嫌だぁ、お兄ちゃんも嫌だぁ。うわーん」
目からどんどん涙が出てくる。
お母さんは背中をさすってくれる、なんで冷静でいられるんだろう?
お母さんだって当事者じゃないか。
わんわん泣きながら、だんだんニーナは母に対してもいきどおりを憶えてきた。
言葉を出すことができないが、泣きながら母を部屋から追い出し
一人で毛布にくるみ、眠れない夜を過ごした。
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母がリビングに戻ろうとすると父エトウィン、と息子ヨハンが話をしている。
廊下からそっと覗き込んだ。
「お前の方が言い過ぎたんじゃないのか?」父はヨハンをしかる。
「そうだと思う。俺が悪かった。しかしこうなった以上後には引けないだろ?」
「決闘などと馬鹿げたことを。ルーカスはもう村にはなくてはならない人間だろう?」
「そうだよ、わかってるよ。だけどこの村はルーカスのものじゃない」
「お前のものでもないだろう」
「じゃあ誰のものだっていうんだよ、父さんのものでもないだろう!港町の伯爵に全部まかせてたまるか!」
「まあ、落ち着け。怒りやすいのは悪い癖だぞ。それで招いた問題なんだからな」
「わかってる、決闘といっても俺はルーカスを殺しはしない。傷つけもしない。それは約束する。だけど俺は負けはしない」
「そうだね、みんなが幸せになれる道がどこにあるか考えよう。
ルーカスが名誉を取り戻し、この村にいられるように、そして私達の暮らしが変わらず守られるように」
「そしてニーナがちゃんとルーカスと結婚できるように。決闘前に暴言に対する謝罪はしたいと思う」
母は、そんな二人の話を廊下から聞いていた。
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決闘当日。
決闘の時間は正午、村の入口広場で行うことになった。
ルールは、互いに剣を用いる。魔法を使用してもよい。
しかし事前に高度な魔法を準備できるようなマジックアイテムは使用してはいけない。
正午の鐘にあわせて戦闘を行い、死ぬか、誰が見ても勝敗が明らかな場合が終了である。
このルールを村中に周知し、互いに互いの名誉をかけて、衆人の環視の中で・・・
ニーナは、村の広場が運動会のようにロープで囲まれ、そのまわりでゴザを敷いてる人もいることに違和感を感じた。
弁当を販売している売り子さんもいるようだし、酒も売っている。
「お母さん、なにこれ?お祭り騒ぎなんだけど」
「なにかしらねえ?お祭りみたいになってるわねえ?」
ヨハン陣営とルーカス陣営で、それぞれ別の席が設けられている。
人が死ぬかもしれないのに、気楽なものだ。
「お兄ちゃんを信じなさい、きっと大丈夫、ハッピーエンドが待っているはずよ」
「え?お母さん何か知ってるの?」
「ええ、ヨハンはルーカスを絶対傷つけないって言ってたわよ」
「なんだ・・・お兄ちゃん、ちゃんと考えてくれてるんだ・・・」
「でも詳細は知らないから、どうなるかしらね?」
正午が近づいてくる。出場者がロープの中に入ってきた。
ヨハンはいつもの巡回服に剣を持っている。エトウィンがそのそばについている。
ルーカスも装備は軽いものをつけているが・・・その隣には父と同じくらいの年齢だろうか、
白髪交じりの長身の男が立っていた。
「久しぶりじゃねえかエトウィン!」
長身の男が父に大声で語りかける。
「イザーク!なんでお前がここにいるんだ?」
かつて父をクビにした勇者イザークが、ルーカスとともに立っていた。
「コイツは俺の大事な甥なんだよ!助太刀しようと思ってな!文句はねえだろ?」
ニーナは母さんの方を見たが、母さんも固まっている。
「甥だなんて絶対ウソよ。なんて代理人を連れてきたのよ」
まずいのか・・・?もうお兄ちゃんを信じるしかないな、と、ニーナは腹をくくった。
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ルーカスは代理人を探したが、ヨハンに勝てそうな人間がいないので、覚悟を決めて自分で出場することを検討していた。
しかし、港町の冒険者ギルドに掲示板を出していたら、たった一人だけ、期限ギリギリで依頼を受けてくれた人がいた。
それが・・・かつての勇者イザークだった。
かつての勇者イザークなら、ヨハンに勝てるかもしれない。
あわよくば、ヨハンを傷つけずに倒してくれるかもしれない。
そうなれば最高だ。
ルーカスはイザークと、決闘の打合せを行った。
この周囲の村の状況を話し、今の自分の立場を話し、婚約者の話をした。
イザークは快く依頼を受けてくれた。
そしてイザークは、決闘を行うことを港町の伯爵まで伝え、ガタバックの今後が決定する重大な試合だとして盛り上げることを提案すると、多くの人間に受け入れられた。
お祭り騒ぎはルーカスの望む展開では無かったが、元々多くの人間に見届けてもらいたいとは思っていた。
なので、ちょっとおかしいな・・・と思いながらも助言に従って動いた。
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話は再び闘技場に戻る。
エトウィンはイザークを見て、ヨハンに助言を重ねることにした。
ゆっくり、よくわかるように。勝てないかもしれないという思いがにじみ出ないように。
「いいかいヨハン、父さんの時代は人間の脳は100%の力を出していないと考えられていた。
そのため100%以上の能力を使用させようと試みる、限界突破の技が研究された。
しかし、脳のはたらきには限りがある。限界突破によって廃人になるものもあった。そのため1日の使用に制限がある」
「はい」ヨハンの精神はすでにセコンドの助言を聴くチャレンジャーボクサーの状態だった。
「イザークも当然のように限界突破は使用できる。しかし、彼はそれに加えて顕現という力が使える。これは神の力を降ろして戦う。単純な残像ではないぞ、実体をもってイザークと同時に特殊攻撃をする」
「はい」そう言ってヨハンがイザークを見ると、イザークの体から白い鎧を着た仮面の戦士が表れたように見えた。
「しかし、力みが根源となる、限界突破は、お前は使用してはいけない。
集中と集中突破を使用して、境界の状態になることの方が、現代では、よりしなやかで強いとされている」
「はい」ヨハンは落ち着いている。どちらも現在の戦い方の基礎である。
「イザークの顕現を打ち破るのは、境界状態になったまま、魔力顕現を発動し、神の力でなく人の力として具現化、擬人化した魔術を用い、特殊な能力を付与し、強さを追い求めることである。こうなって初めてお前とイザークは対等と言えるだろう」
「はい」ヨハンは落ち着いている、まだ自分の魔力を擬人化まではできたことがない。せいぜい腕が4本になる程度だ。
「父さんは、この魔力顕現には、擬人化とは別に幻想領域展開が存在すると信じている。
これは、成功したものは少ないというが、周囲の人間を魔術領域に閉じ込め、意のままに操ることができるという」
「そんなことが・・・」ヨハンも何度か聞いているが、やらねば勝てない可能性がある。緊張感が高まってきた。
「以前は、マジックポットなどを使用して、ポットの中に吸い込む方法で有利な領域へ誘っていた。
現在では、オープンな状態でも顕現できるとされている」
「わかった。やってみる」ヨハンは決意を新たにした。
そろそろ正午の鐘が鳴りそうだ。
蝶ネクタイの審判が前に躍り出て、名前を宣言する。
ヨハンの側が呼ばれ、ヨハンが周囲に応答し、手を挙げる。場内は拍手で盛り上がる。
ルーカスの側が呼ばれ・・・イザークは・・・返事をしない。
「イザークさん?大丈夫ですか?」蝶ネクタイの審判が近寄って行こうとすると、イザークは手で制した。
「俺はこの助っ人を降りるぞ!」
大声で裏切りを宣言する。どういうつもりだ?ルーカスの顔が引きつってきた。
イザークは続けて言う。
「この戦いは、やはりルーカスが行うべきだ。紳士として申し込んだ決闘だろう。俺は見届けるぞ!」
ルーカスはそばに立っているが・・・言葉を発しない・・・
沈黙の時間が流れる・・・・・
しばしの沈黙を破るのは・・・なんとニーナの母だった。
「審判どの!」
「はい、なんでしょうかお母さま?」
「私どもも、決闘代理人を立てようと思います、そちらもやっていたことなので、かまいませんね」
「はい、問題ありません」
「いけるわね?ニーナ」
「ええ・・・」ニーナは境界に入っているようだった。眼球はすべて真っ黒で、煙が出ているようにさえ見える。
場内にいる人間は、立ち上がったニーナにくぎ付けだった。
ニーナが2重に見え、バックに蓮の花が咲いているようだったという。
闘技場とされたロープの内側にいる4人と審判には、ロープの内側がすでに池の中のように見えた。ニーナの魔術領域が闘技場全体に展開されているのだ。
審判は慌てて闘技場から出て、行方を見守る。
4人は蓮の花が咲いている池の中で足を取られて動けない。
それぞれが、少しづつ泥の中に沈んでゆくイメージに支配されている、
しかし・・・ニーナから目が離せない。これが幻想領域展開なのか。と、4人は冷静に受け止める。
ニーナはゆっくりとロープの内側に入り、水の上を歩いていく。歩みを進めるたびに、周囲の蓮の花が開く。魔力の充実が具現化しているのだろう。
正午の鐘が鳴り、決闘開始を告げると同時に、ニーナは水面に向けて己の拳を叩きつけた。
「このバカー!」
ニーナのパンチと同時に、幻想領域展開の水面から巨大な水の拳が飛び出し、4人全員をロープの外側に殴り飛ばした。
4人それぞれ、仲良く気絶し、カウントアップ。場内の誰にも、決闘続行不可能を納得させたのだった。
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ほどなく4人が目覚めると、村人たちが見守るなか
4人全員が、腕を組み仁王立ちのニーナの前に正座させられていた。
ダメージのため、みな頬がパンパンに腫れている。
「何で俺まで・・・」とイザークは言うが
「黙りなさい」とニーナが制する。
ニーナは言う。まだ境界状態なのだろう。性格も変わっているようだ。
「あなたたち、私との結婚を優勝商品のように扱って悪いと思わないの?」
「悪いと思います」「悪いと思います」「悪いと思います」「悪かったよ」
4人それぞれで土下座で謝罪する。
「女をなんだと思っているのかしら。そんなことでこの村がよくなりますか?」
「なりません」「よくなりません」「すみませんでした」「悪かったよ」
4人それぞれで土下座で謝罪する。
「勝手に決闘とかして、心配かけたうえに、お祭り騒ぎでわちゃわちゃして終わるつもりだったわね?」
「すみませんでした」「すみませんでした」「すみませんでした」「悪かったよ」
4人それぞれで土下座で謝罪する。
「二度としませんか?」ニーナは重ねて言う。
「二度としません」「二度としません」「二度としません」「悪かったよ」
4人それぞれで土下座で謝罪する。
「イザークさん?」ニーナは見逃さない。
「二度としません」イザークは言いなおす。
「次は、お兄ちゃんとルーカスよね」
ヨハンは素直に謝罪する。
「お前の婚約者に暴言を吐いてすいませんでした」
ルーカスも素直に謝罪する。
「婚約破棄して傷つけてすみませんでした。もう一度プロポーズさせてください」
「それはまたあとで考えるわ。お兄ちゃんはルーカスに謝りなさい!」
「え、ああ、ルーカスそこに立ってくれ」
言われるままにルーカスは立ち上がった。
「失礼なことを言ってすみませんでした」
ルーカスの方にそう言いながら土下座した。
「許すよ、こっちも決闘とか言い出してごめんな」
「次はイザークさんとお父さんよね」
イザークは何のことかわからないのでエトウィンが、クビの時のことを謝ってくれと言った。
ちょっと、言いにくそうだった。
イザークは素直に
「別れるとき、ちょっと言い過ぎてごめんな」
と、エトウィンに土下座をした。
エトウィンは目に涙を浮かべ、
「イザークも・・・ヨメ同行のくせに・・・あんな言い方でクビにしやがって・・・グスン・・・でも許すよ」
こうして、謝罪会が終わったのだった。
お母さんは、晩御飯はみんなでパーティーにしようと思ったようで、鶏を絞めに家に戻っていた。
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ここまでの経緯を港町の伯爵様も見ていたので、
国境の町ガタバックはニーナが取り仕切ることに決まった。
ニーナは、国境警備と農作物の取り仕切りと、村からある程度の距離を領有する貴族として国王に謁見することになった。
ニーナは一代限りの限定爵位だが、女男爵として領地を守ることになったのだった。
イザークは、今奥さんと別居中なので、ここに永住したいと言っている。
まあ、人生なにが起こるかわからない。
なんで決闘の時、降りるって言ったのか聞いたが、ニーナに勝たせるビジョンが見えたのでルーカスが先頭で殴られるべきだと思った、だそうだ。
ルーカスは、その後ニーナと何度も逢瀬を重ね、再び湖の小舟の上で、プロポーズを受け入れてもらったのだった。
こうしてみんなで、本当はか弱い、泣き虫な女領主ニーナを支え、村は豊かになっていくのでした。
おしまい
読んでいただきありがとうございました。
本当に、ありがとうございました。