【file5】ココミック・ラヴ
土曜の夜を越えて……日曜の朝はココミック
どうして?
どうしてケンジは電話に出てくれないの?
「どうしたんです? お嬢さん」
カフェのカウンター席で涙が止まらないでいる私に、隣の席でアルコールを飲んでいた男性が声を掛けて来た。
『彼に……捨てられたみたいで……』
「信じられない! なんてヤツだ!」
男性はわざとらしい口調でそう言うと、私を口説いた。
「こんな綺麗なお嬢さんを悲しませるなんて……! 慰めて差し上げます。ホテル行こうか」
『私、ココミック星人ですけど……』
私が言葉を全部言い終わらないうちに男性は逃げ帰って行った。
私が求めにいつまでも応じなかったのが悪かったの?
身体だけが目当てだったの?
それとももしかして、ケンジは気づいたの?
私の正体に?
ココミック星人は悪いことなの?
私がその星の上に産まれたのがいけなかったの?
どうしようもないじゃない!
どうしてそのままの私を受け入れてくれないの?
地球人のふりをして、あなたを騙してたのは悪かったと思ってる。
でも、これは、愛では、なかったの?
外見だけを理由にあなたは離れて行くの?
信じてたのに……。
『ケンジぃ〜……!』
私は夜の電柱の袂で吐いた。アルコールを飲みすぎて胃の中のものが全部下に降りて来て、下の口からオロオロと吐いた。上のお口からも下痢便がぶっしゅーと噴き出そうだったが、そちらはさすがにトイレまで我慢した。
なんて気持ちの悪い身体。恨めしい、呪わしい。でもこの上下逆さまが私の身体。このままを愛してほしかった。
スマホを取り出した。ダメだろうと思いながら、41回目の電話をかけてみる。
[はい]
あっさり出た。
『ケンジ!』
[ロージー……。ごめん]
謝らないで。
私は彼に悲しい言葉を言わせたくなくて、隙間なく喋り続けた。
『ケンジ……。私が地球人じゃないって、気づいてしまったんでしょう? 私、子種なんていらない。あなたの側にいられたら、それだけでいいの。本当よ。セックスさえしなければ、私の身体が地球人と実は違うことなんて、どうでもいいでしょう? 本当の顔はパンツの中にあって、顔に見えるものが実はお尻だなんて、どうでもいいでしょう? お願い……。側にいさせて』
私は涙で言葉が詰まってしまった。私のパンツはもうグショグショだ。その隙間に、電話の向こうから、知らない女の声が、『早く子種をくださいましっ』と聞こえてしまった。
私のお尻がばっと上がり、彼に聞いた。
『……誰か、一緒にいるの?』
[あ……いや……]
『今の台詞……。私の同胞よね?』
[その……]
『浮気……してるの?』
[ごめん!]
ケンジは遂に打ち明けた。
[俺……、おまえのことが好きなんじゃなくて、本当は、ココミック星人が好きだったんだ!]
私は声を失った。
[たまらないよ、このフォルム! こんな綺麗な顔してるのに、本当はこれが顔じゃなくてお尻だなんて! 美しい髪は実は全部陰毛だなんて! 本当の顔はパンツの中にあって、しかもとても醜いだなんて! とんでもなく俺好みだ!]
私の顔がぱあっと輝いた、もちろんパンツの中で。
[白状するよ! 実は俺、君がココミック星人だって最初から知ってたんだ! だから近づいたんだ。騙してたのは君じゃなくて、俺のほうだったんだ! ごめん!]
『許さない……』
私は涙まみれのパンツをタプタプ言わせて、歓喜の表情に染まったお尻をぷるぷる震わせて、言った。
[見た目超美人なのに、実は、みたいなギャップがたまらないんだよ!]
ケンジは私の話なんて聞いてなかった。それほどまでにココミック星人が好きなのね。
『許さない!』
あたしは電話を勢いよく切った。
あたしは立ち上がった。夜空に眩しくココミックの母星が輝いていた。そんなに好きだったんだ? なら、隠す必要もない。むしろ全開で本性を見せてやるわ。
あたしはそれまで両腕だけで立っていたのを両足も地面についた。履いていたパンプスは脱ぎ、肛門にくわえた。知ってた? このほうが劇的に速く移動できるのよ?
あたしは夜の街を、この星でカニとかエビとか呼ばれている生物のように、素速く走り出した。母星では【カビのように美しい】と形容される走り方だが、地球人から見たらとてつもなく気持ち悪いのだろう。
待ってなさい、浮気相手さん。お尻相撲で追い出してやるわ!
待ってなさい、ケンジ。あなたは私1人に子種を注ぎ続けるのよ。それこそ永遠に。あなたが大好きなココミック星人は私1人だけでいい!
心に深くそれを刻み込んであげるわ。