「降臨、天の使者」part16
あの神様の姿からは想像もできない話だった。俺が事故で死んでしまえば世界も神様自身も終わりだというのに、チャンスを与えてくれたというのか。だが、不思議とすぐに納得できた。正直、神様の性格はおちゃらけたネガティブな面ばかり印象に残っている。でも、初めて会ったあの日、俺を見る神様はなぜだか慈しみ深い目をしていた。俺は神様の目を見た瞬間にそう思った。
ということは、あの神様はそういう人なのだろう。
「神様は神様でふざけ過ぎなところはあるし、俺自身は信心深い人間じゃないけど……、でも、たまには寝る前に神様に感謝しようかな」
「ふふ、いいことっすよ。以上、天ちゃんからいいお話でした」
「うん、聞けてよかった。みんなと一緒じゃ出来ない話だったね。なんとも言えない顔になっちゃうから。閉じ込められてよかった、かな。この世界に取り残されたからあの三人と出会えたみたいに」
人生、悪いことばかりではない。辛いことの中にも必ずいいことも紛れているもんだ。
「そうっすね。他の世界の神様があの三人を送る力を分けてくれたのは本当に助かりました。それで、三人との生活はどうっすか?って聞くまでもないっすよね。楽しそうですし、みんなトールくんを心から信頼してるのもわかりますし」
「この半日でそんなにわかるもん?」
昼頃に出会って今が夕方、そんなに把握できるものだろうか。
「ええ、なんなら出会って四秒で合点って感じっす」
「いや、絶対わからんだろ!」
「いえいえいえ、わかるんですって。最初はもうちょっとゆっくり面談でもしようと思ってたんす。みんな仲良くしてる?天ちゃんがお悩み聞くよ?トールくんがさり気なく身体を触ってきて嫌だったりしない?って」
「俺はセクハラオヤジか?」
「でも、手前を見たときの皆さんの様子を見て安心しました。皆さん即座に警戒モードに入って、トールくんをかばうように立ちましたよね。トールくんがちゃんと信頼されていなければそうはなりませんよ。更にトールくんが警戒解除を指示したらみんなちゃんと従ったでしょう?四人の仲は良好、むしろ絶好調。お互いがお互いのことを大切に思ってるなと感じました。如何でしょう?」
驚いたな。あの流れでそこまで感じていたのか。
「ビックリだわ。正直、喋り方のせいでもっとチャラチャラした印象だったけど、めちゃくちゃしっかり見てくれてたんだ」
「天使は見かけによらないんですよ」
「一般的な天使のイメージと違いすぎるくせに何言ってんだよ」
一本取られたと言って笑う天ちゃんを見て、俺の口元も自然と綻んだ。
「ふう、皆さんホントに仲良さそうでよかったっす。しかも三人とも美人さんですねぇ。誰かとイイ感じになったりしたんすか?」
なんとなく来そうだなと思ったよ、その質問。
「そんなんないよ。仮に誰か一人と恋愛関係になっても、他の二人とギクシャクするかもしれないだろ」
「なら、恋愛じゃなくて身体だけのお付き合いでいいじゃないっすか」
この天使、とんでもないこと言い出したぞ。呆れの感情を隠しもせず返す。
「なんてこと言ってんだよ……」
「え、だってトールくん十八歳でしょ?彼女いたことないんでしょ?童貞でしょ?健全な童貞男子ならリビドーが溢れてやばいでしょ?童貞じゃなくてもやばい年頃でしょ?リビドー!家人が三人とも綺麗どころっすよ?リーフちゃん超美人っすよ?ルルちゃんちびっ子かわいいっすよ?オリサちゃん元気っ子かわいいっすよ?みんな超かわいいっすよ?なんで?なんでっすか?同じ屋根の下で寝食を共にしてて、童貞がこれで耐えられるはずないっしょ?リビドー大爆発っしょ?一緒に生活してたらふとした瞬間『うわ、今のえっっろ』って思うタイミングとか、『うそ、お風呂上がりの女の子って、なんかいい匂いする』とか、『パジャマ姿かわええ。あれ、もしかして寝るときはノーブラ派?形が!』とかいろいろ思うことあるでしょ?ならもう押し倒すしかないじゃないっすか!どうなんすか!やっぱ童貞じゃそんな度胸ないっすか!童貞ゆえに!童貞くん枯れちゃってるんすか?大丈夫っすか!?童貞くんのリビドーはどこか旅に出ちゃったんすか?十八歳がこれじゃ日本の少子化はやむ無しだったわけっすね!」
「最終的に名前を『童貞』にすんじゃねぇよ!童貞童貞うるせぇ!ほっとけや!」
神様とは違った意味合いでウザキャラだな。大変身に覚えがある具体例が若干出てきたけどスルーしておこう。
「すんません、ちょっと興奮しちゃいました。でも、正直不思議っす。三人のこと、どう思ってるんすか?」
本当に不思議そうにこちらを見つめてくる。まあ客観的に見たらそうなるわな。……天ちゃんなら話してもいいか。
「別に三人が嫌いなわけじゃないし、彼女たちの誰かが俺なんかを恋愛対象に見てくれるならそれも嬉しいよ。三人とも大好きだしさ。リーフには毎日メシ作ってもらって、最近も乗馬を教えてもらったり世話になってる。いろいろ知ってて頼りになるし。ルルは素っ気ないと見せかけて世話焼きでいつも俺のことを気にかけてくれてるし。オリサも……この世界に来た直後から俺にくっついてまわって、後から気づいたけど俺のこと心配してくれてたんだと思うな。この前俺が精神的に疲れ切ったとき抱きしめてくれてさ。そのまま大泣きしたら嘘みたいに元気になれた。みんな、本当に俺なんかには勿体ないぐらい良い奴らだよ。これからもずっと仲良く一緒にいたい。心からそう思う。でも、なんていうかさ。俺と彼女たちは子どもが出来ないらしいし。子どもを作るわけじゃないのにそういう事するのも、なんか良くないかなぁって思っちゃうんだよなぁ。うーん」
我ながら古臭い考え方だとは思うけど。