「降臨、天の使者」part15
「今回の件ですが、手前は詳しく聞いちゃいませんけど、どうせ神様が自分で蒔いた種でしょう?普通にしてたら家が半壊なんてしないわけですし、災害が発生したわけじゃないのに家は壊れて今のこの世界の超VIPであるトールくんは無事。それである程度は想像できます。飽くまで手前の予想ですけど、例えば神様がしょーもないおふざけでオリサちゃんを怒らせるなりしたんじゃないかと思います。その結果、彼女の魔法で家が壊れて神様はお詫びに家の修理をすることになった。ついでにいろいろ施設の拡充もすることになったけど、疲れちゃったから部下にすべて任せて逃げ出した。こーんな感じだと思うんすよね」
パーフェクト。実際にオリサの魔法で家が半壊し、神様はルルとリーフに命を狙われたわけだ。
「なんで家を壊したのがオリサだってわかったの?」
「だってそんなのできるの魔法使いのオリサちゃんだけでしょう?ルルちゃんはドワーフだから力はあってもそこまでじゃないでしょうし、リーフちゃんも弓の扱いは上手くても建物壊すのはムリかなと。できるのはオリサちゃん一人だと思っただけっす。合ってました?」
「完璧」
思いのほか観察眼に優れているんだな。
「ちなみに、あのときはオリサたちが神様に質問したのよ」
「ほう」
「この世界の人達が戻ってくることはあるのか。もしそうなったら、オリサたちは元の世界に強制送還なのかって」
「三人とも、この世界を気に入ってくれているみたいですもんね……」
「うん。それで神様はなんて言ったと思う?」
「考えたくないっす……心から。でも聞いちゃう」
「ビクンビクンしなくてよろしい。神様はメチャクチャ思わせぶりにゆっくりと『なら、お前たちを今すぐ送り返してやろうか?』とか言ったんだよ。ニヤって笑いながら」
「あぁぁ……、予想の三十倍は酷かった……。なっさけない!」
この子も苦労人だな。
「んでオリサたちは神様を仕留めちまえば強制送還は免れると思って大暴れ、と。後は君の予想通りだよ」
「ほんっとうに!ウチの上司がすみません。あのハゲ、人を笑わせたい気持ちはやたら強いんすよ。でも、笑わせようとするときって超高確率で地雷を踏むんすよ。あと、そもそも笑いを求めてないタイミングで笑わせようとしてキレられたりとか」
「よくわかるよ」
「だからまあ、今回の家造り等の件はお礼を言われることなんて何もないんすよね。お詫びです。当人が疲れて逃げ出したのはアレですが、許してやってください」
「別にもう怒っちゃいないよ。俺達としては生活が便利になるし君にも会えたし。結果的にはプラスしかないって」
「そう言っていただけて本当にありがたいっす。ふぅ。興奮したのか、ちょい暑いっす。」
苦労してるんだな。
汗のせいでところどころで身体に張り付き女性的な輪郭だけでなく肌の色をも露わにするシャツの様子から、彼女の体がかなり火照っているのがわかる。へばりつく布地が不快なのか、襟をつまみ引っ張っては戻す動作を繰り返すことで首元から肌へと空気を送る。
「でもま、決して悪い人じゃないんすよ」
「うん、ところどころでちゃんとした真面目な雰囲気は出るよね」
「それもありますし、うーん、言っちゃっていいかな、んー、いいっすよね……。実はね、今トールくんが生きてるのも、オリサちゃん達がこの世界に来られたのも神様のおかげなんす」
俺の命?
「どういうこと?」
「トールくんが死んじゃったり別世界に行っちゃったらこの世界と神様も消えちゃうってのは?」
「ああ、それは最初に会ったときに」
「それじゃ、神様にはもう一つカードがあった、というのは?」
「カード……」
「当然、何も言ってなかったでしょうね。まあ、言う必要ないし。あのですね、神様にはもう一つ選択肢があったんす。トールくんや動物たち、草花たちの存在を消しちゃって、この地球や宇宙全体をやり直す。神様にはそれができるんです」
鼓動が早まるのを感じた。
「宇宙が生まれた頃からでも、地球が誕生した瞬間からでも、恐竜が闊歩していたころからでも、人類の祖先たるサルが生まれたころからでも、そのサル達の前に黒い板っぺらが現れてサルが動物の骨を空に放り投げたころからでも、どんな時代からでもやり直せるんです」
「真剣に聞いてたのに、流れるようにキューブリック入れたよな?」
ツァラトゥストラが何を言ったか知らんけど、緊張してるタイミングで変な茶々入れないでくれ。
「へへ。トールくん顔が強張っちゃったんですもん。まあとにかく、神様はやり直すことができる。そうすれば当然神様の寿命は伸びますよね。世界が終わる懸念材料がなくなるんす。神様の命に関わる知的生物を最初から繁殖し直すわけですし。生命の誕生や繁栄を見守るのが神様っす。それをリセットしてより良い世界づくりに活かす。そんな大義名分さえあれば神様は死なずに済みます」
詳しいことは聞いていなかったが、知的生命体と一蓮托生なのはより良い世界づくりのためということなのだろう。
「でも、それをやると俺は死ぬ……?」
「ええ、トールくんだけじゃなくてこの世界の生き物全てが。リセット前の生き物たちを維持したままやり直しは神様の力を持ってしてもできません。残酷ですが……。実は……、他の世界じゃけっこうな数の神様がそうやって世界の寿命を感じたらリセットなんてことをするんす。その時生き残ってる動植物たちは……、言わなくてもわかりますね。この世界の人たちがいなくなったあの日、あたしゃ思いました。ああ、かわいそうに。この一人だけ残された青年は何も知らないまま消えてしまうんだ。仮に次の瞬間この子が転んで運悪く頭を打って死んでしまったら、神様も死んでしまう。なら世界のリセットが一番手っ取り早い。不公平だけど、異世界へと転移させられた人々は既に『この世界』の人ではないからリセットしても何も影響はない。影響があるのはこの子だけ。何も悪いことなどしていないのに……、人生これから、楽しいことも辛いこともあるのに……、助ける手段なんて何もない。恥ずかしながら……、手前はトールくんを見つめる神様の背後でそう思いました」
「でも、俺は生きてる……」
「ええ。もうおわかりっすよね。神様は世界の再生を選択肢から消して、君が天寿を全うするまでを見守ろうと決めたのです。他の世界の神様に手伝わせて仲間を手に入れて。君の最期を見届けたら自分も死ぬつもりなのか、君が事切れる寸前に数十年遅れの世界再生に取り掛かるのか、他の世界から追加で人を連れてくるのか、それは手前も存じません。ただ一つ言えるのは、トールくん、神様はとぼけたところもありますが自分の生み出した生命を愛しているんです。これは本当です」