「降臨、天の使者」part13
オリサとルルが鍋で野菜を煮込み始めたのを確認し、天ちゃんに向き直る。
「さて、意気揚々と二人に家事を頼んだけど、別に家の外に出る必要もないんだよな。この建物の隣に隣接して作る感じかなぁ」
「そうっすねぇ、映画を見るための部屋なら別に窓はいらないっすよね?そんなら地下に作るのはどうすか?んー、そこら辺に階段を作って、地下に行けるようにしたらシアタールームの完成っす」
地下室にシアタールーム!セレブの家だな。
「サイコーだな!思ってた以上にいいものができそうだよ」
「へへ、喜んでもらえてよかったっす。じゃあ、この辺りにしましょうかね」
そう言って天ちゃんは階段脇の壁を指差した。ここに下り階段を作ってしまおうということらしい。
「うん、よろしく。とりあえず天ちゃんが作ってくれたものに俺が細かいリクエスト出す感じかな?」
「ええ、リーフちゃんもそんな感じでした。ではいきます。ホイっと」
そう言って指を鳴らすと壁が輝き目の前に階段が現れた。たった今まで無機質な白い壁だったのに、まるで元からそのような設計だったかのように自然に変化してしまった。
「すごいなぁ。やっぱ神様とか天使とか、何でもアリだわ」
「ふっふふーん、すごいっしょ?人間のために使うなんて本来ならありえないことなんですからね。ま、今はトールくんのために特別っす。さて、降りましょう」
ありがたい話だ。階段を降りるとすぐに扉が現れる。一般家庭の扉としてはやや無機質で冷淡な印象を与える大きな扉だった。天ちゃんはその扉を開き、俺を招き入れる。
扉を開けた瞬間、部屋の中からなんとも言えない無垢な香りがした。なんだろう、嗅いだことがある。扉の先の、自宅の地下にあるとは思えない広い空間に入った瞬間に気づいた。これは、まだ誰の色にも染まっていない空間の匂いだ。新しい車が納車されたとき、この家を建て替えて初めて足を踏み入れたとき、それぞれのタイミングで嗅いだ、まだ誰も手を加えていない新品の匂いといった感じの空気に出迎えられた。
これから俺の手でこの空間を作っていくんだな。胸が高鳴る。
「うわっ……、すっげえ」
部屋の出現と共に暖房が稼働し始めたのか、音を立てて温暖な空気が満ちていく新たな部屋は豪華絢爛、夢の空間そのものだった。
「こんな感じでいかがでしょう?どこかにあるシアタールームをここに再現しました。椅子とかは手前のセンスです。説明書はテーブルの上に……、これっすね。えーと、スクリーンは180インチ?でっかい!センチだと、あー……460センチくらいかな?対角線で左下から右上まで4.6メートルっす!ほんで、ホラ!最前列には四人がけのソファーとテーブルが二つ並んでて、一段上がって後ろに一人用の椅子をズラッと四つ、更に後ろに同じように椅子四つ。それぞれ飲み物とポップなコーンを置ける小さいテーブルとフットレスト付き。フカフカのいい椅子っすよぉ。みなさん各々でスクリーンまでお好みの距離とか角度がありますよね?たくさん用意しました。普段はカバーでもかけておけば埃が積もることもないでしょう。あ、そーだ!あとで階段の途中に物置でも作ってあげるっすよ。ポップコーンマシンと冷蔵庫も用意してあげちゃいます!」
天ちゃんがいろいろと解説してくれるが、想像以上に立派な空間に驚きまともに相槌も打てずにいる。こんなにすごい空間を用意してもらえるだなんて思ってもみなかった。信じられない。ここで映画が見られるのか。自室を出てすぐ、自宅内で。いやはや、本当に感謝してもしきれない。
「トールくん?大丈夫っすか?感動しちゃいました?」
「あ、ああ。本当にありがとう。夢のような空間だよ。自分の家じゃないみたいだ」
「ふふ、そんなに喜んでもらえたなら天使冥利に尽きるってもんすよ。ホラ、こっち来てください」
そう言って部屋の入り口でぼんやりしている俺の手を取り部屋の奥へ向けて歩き出した。オリサよりも少し大きな、やや熱を帯びた柔らかい手が心地良い。
「スクリーンもすごいっすけど、音響もいい感じっすよ。スピーカーがいろいろ置いてありますね。たぶん高価なヤツっす」
「急に解説が雑になった」
思わず吹き出してしまう。俺もこういう機器の知識はぜんぜんないけど、それにしても雑すぎだ。
「いやー、手前は音の違いなんてわからないもんだから『有名メーカーのなんかすごいスピーカー』くらいしか説明できないんすよ。トールくんは見たり聞いたりして、その凄さがわかります?」
「すんません、わかんないっす」
「あはは、でしょう?まあとにかく、素敵な映画ライフをエンジョイしてくださいな。プロジェクターは天井にくっついていて、そこの扉の中にいろんな機材が入っています。それからこっちの扉の奥には、ホラ。DVDやらブルーレイやらを置けるスペースになってます。サービスで棚も置いてありますから、あとは中身をお店から持ってきて並べるといいと思いますよ。あー、あとはゲーム機を持ってくればみんなでワイワイ遊べます。楽しそうでしょう?」
本当に至れり尽くせりだな。
「天ちゃん、本当にありがとう。ここまでしてもらえるなんて、感動した!」
「どういたしましてっす。たぶん、ウチの上司じゃここまで気が利いたもの作れないっすよ~。映画を見るときは手前の笑顔を思い出してくださいね」
「ああ。もちろん!」
柄にもなく興奮しているのがわかる。明日にでもさっそく試してみよう。今はとりあえず部屋の中を見せてもらおうか。俺が落ち着きなくウロウロし始めたのと対称的に天ちゃんはソファーに腰を下ろす。