「降臨、天の使者」part11
「さて、それじゃ早速お仕事に移りましょうか。みなさんどんなものがほしいんです?たいていご用意できると思うっすよ」
「わたしは家からこの放牧場までの道に屋根がほしい。これから雨季がやってくるのだろう」
よく知ってるな。確かに雨が降っても動物の世話はあるわけだし、屋根があると移動がだいぶ楽になりそうだ。
「それでしたら、わたくしは家のそばに屋根付きの広場をお願いいたします。雨が降ってもバーベキューができる場所がほしいと思っておりましたので」
たしかに、我が家は五日に一度くらいのペースでバーベキューやってるもんな。屋根があれば天候に左右されずに済む。今は縦に真っ二つにしたドラム缶に炭を転がして庭でバーベキューをしているが、屋根付きのもっと食べやすい環境を作れるなら頼みたいもんだ。ちゃんとテーブルと椅子を用意するとか。いや、これは自分たちでどうにかできるな。
ん?バーベキュー?なにかが記憶の扉を開こうとしている。リーフを見つめていたら歩いた瞬間スカートのスリットから銀色の光る棒状の物体が……。
「あ!」
「どうしたの?」
「なあリーフ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい、何でしょうか?」
「その足に装備してる銀の棒って、バーベキューの……」
「ええ、バーベキューの際、お肉や草、失礼、お野菜を刺して焼くためのものです。いつでもお肉を美味しくいただけるように持ち運んでいます。また、ルルさんの協力の下、先端を研いで少し鋭くしましたので武器としても使えるのです。刺して良し、投げて良し、オークが攻めて来ても見事眉間に当てて動きを止めてご覧に入れましょう。ドラゴンに遭遇したら鱗の隙間を見事射抜くことをお約束いたします。できればスカートを切らず完全に隠したかったのですが」
流石だわ。リーフのヤバイやつ度合いが上がってしまったが、まあいいだろう。オークもドラゴンもいないけど。
「なんか見覚えあるなと思っただけだから気にしないでくれ。オリサは何が希望だ?」
話を広げてもいいこと無いのでムリヤリ話題を転換する。
「えっと、あたしは農場をもっとずっと広くしてほしいな。畑を作るだけなら自分でできないこともないけど、お家の撤去なんかは無理だから。田んぼも欲しいし、天ちゃんが大丈夫なら果物の木もほしいんだけど……」
農業大臣らしい発想だ。素晴らしい。
「はいはい、大事ですもんね。以上ですか?」
「あ、あの、すみません、わたくしからもう一つ、いえ、もう三つよろしいですか?」
リーフがおずおずと手を挙げる。意外とたくさん欲しいものがあるんだな。このほしがりさんめ。
「ここまできたら一つも三つも大差ないっすよ。なんでしょう?」
「豚を飼いたいと思っておりまして。豚用の厩舎と放牧場、それに豚の移動をお願いできればと思います。あの、もし天ちゃん様がおつかれでしたら建物と放牧場だけでもけっこうです」
「おおう、どどんとデカい要望ですね。わかりました。お任せください。豚肉を食べる際はお呼びくださいね」
「すっかり生臭坊主ならぬ生臭天使になっちまったな。これでみんなの要望は揃ったかな」
よかった。神様より頼りになりそうだ。安心していたら隣のオリサが俺の袖をクイクイと引っ張る。何事かとオリサを見れば怪訝な顔で俺の顔を見つめていた。ふと視線を感じて周りを見るとルルとリーフも不思議そうに俺を見ている。どうした。
「それで、トールくんは?」
「何が?」
「アホ面晒して『何が?』じゃないっすよ!天の使いの手前が来たんすよ?トールくんの要望は?何かほしいもんあるでしょう?防音で内側から鍵のかけられる、ナニをしてもバレない個室がほしいとか、かわいい彼女がほしいとか、スカイをフリーダムに飛びたいな、はい天ちゃん、とか。その年で欲望が何もなかったら世界は終わりっすよ」
「いや実際終わる寸前の世界だけど」
「そういうのいいっすから!はい、何がほしいの?欲望剥き出しでお姉さんにおねだりしてごらんなさい。ほれほれ」
なんか言い方が嫌なんだが。まあ一応欲しいものはあるな。
「そんじゃシアタールームが欲しいかな。本物の映画館ほど大きくなくてもいいから、座り心地のいい座席と見やすい角度のスクリーンなんかがあると嬉しい」
「あとトールの部屋も広くしたら?家主が一番小さい部屋に住んでるのも変だし。ベッド大きくしたいって言ってたでしょ?」
「そういやそんなこと言ってたか。寝るときしか使わないからあんまり気にしてなかったわ。朝まで寝っ転がる分には今の大きさ問題ないし」
「んにゃるほど。寝るときだけと言っても、人生の三分の一か半分ぐらいはベッドの中なんですから大事っすよ。わかりました。みなさんお任せください。じゃあまず場所的にも丁度いいし、オリサちゃんとルルちゃんの要望からにしましょうか。その後は……」
「リーフのでいいよ。シアタールームはすぐに必要なものじゃないし」
「よろしいのですか?ありがとうございます。つきましてはお夕飯なのですが……」
「俺が用意するから、動物たちのことに集中しなよ」
「ありがとうございます!畜産大臣として、全霊をもって任務に邁進してゆきます!」
そこまで気合い入れなくていいから。
夕飯はカレーにしようかな。天ちゃんは鶏肉無理だからビーフカレーだ。あんま辛くしないほうがいいかな?
「夕飯担当はトールか。ならカレーだな」
「カレーだね」
「な、なんでそう思った!」
心を読まれた。こいつらリーディング能力を持っている!?
「まさか本気で驚いてるんじゃないよね?」
「リーフが動物の出産などで手が離せないとき、食事はほぼ確実にお前作のカレーだぞ。自分で気づいていなかったのか?」
「貴重な例外は、あたしたちがこの世界に来た日に食べたおでんだね」
「あれは美味かったな。おでんとそれから、なんだったか、ホットポット……」
「鍋だね」
「そうだそうだ、鍋を用意したこともあったか」
「うん。みんなで一緒に食べたほうが美味しいからってずっと待ってたせいであたし達は痩せこけちゃって、それを見たリーフちゃんは恐縮しっぱなしだったね」
「あの豆乳鍋自体は美味かった。締めの雑炊もまた食べたいものだ。しかしながら、結局、その後リーフが夕飯の準備に取り掛かれない場合はビーフカレーかチキンカレーだ」
「だね」
「なんだか申し訳ございません」
ルルが心底呆れたような顔をしている。あらー、気づいてなかったなぁ。
「ま、まあ、カレーは美味いしいいじゃん?な?リーフも気にしないでくれって。天ちゃんは辛いもの大丈夫?中辛の予定なんだけど。もちろん、肉はビーフにするから」
「え?手前もいただいていいんすか?」
「もちろん。空いてる部屋もあるし、そのまま泊まってくれてもいいよ」
「あ、ありがてぇ!さすがにちょっと疲れそうだなと思ったので、そのタイミングのスパイシーなものも嬉しいですし宿の提供も助かります!よろしくおねがいします!」
「はいよ。んじゃ、俺は先に帰ってるから」
「わたしとオリサも頼んだものが出来上がり次第すぐに帰る」
「はいよ」
俺は馬の鞍から下ろしたバスケットを手に一人、徒歩数分の自宅へと歩を進めた。
そうだ、客間の布団を干しておくか。窓も開けて換気しなきゃな。使ってない部屋だから箒で埃を払って客間用のトイレも掃除して、その後夕飯の準備に入ると。主婦ってのはやることいっぱいだな。
できる主婦は料理のたびにカレーを作ったりはしないと思うけど、まあ大目に見てもらおう。今度、オリサやルルと共にリーフに料理を教えてもらうことを心に決めた。