「降臨、天の使者」part9
「いやー、美味しかったぁ!すんません、お呼ばれする立場でこんなに食べちゃって」
はじめは肉を食べることに抵抗があったようだが、リーフの極上の料理を前にしてはそんな感情も長続きはしなかったらしい。
「気に入ってもらえたならよかった。ところで、君はずっとここに住むの?」
「ええ、人がいなくなった世界を上司が率先してフラフラしてるわけですし、手前もここでのびのびさせていただこうかなと」
「そんならさ、牛とか馬とか解体したときにはうちに食べに来るといいよ。みんなで食べたほうが楽しいし、四人だと牛一頭分の肉って食べても食べても無くならなくて」
健全な十八歳男子が肉に飽きることなどそうそうないのだろうな。初めは夢のような量の肉が食えて嬉しかったけど、途中から戦いのようだったし。
「最後のヤツ言わなくていいでしょ」
オリサが呆れたように指摘する。言われりゃそうだ。
「あ、ごめん。余計なこと言ったね」
「いえいえ、せっかくお肉の美味しさがわかったのですから、今度新しいお肉を手に入れたらぜひお呼びください!」
「ならばそう遠くないうちに呼ぶことになるな。おそらくリーフ大好物の馬刺しだ」
「ふふ、ふふふふふ」
俺の隣に座るオリサが怯えた目でこちらに視線を送る。さらにその隣のルルがオリサの手を握りしめて安心させているのが見えた。肉のことを考えて不気味に笑うのさえなければリーフは完璧なんだがなぁ。
「さてと、手前はちょっと一服失礼します。みなさんお煙草は?」
「いや、ぜんぜん」
俺たちは誰も喫煙の習慣がない。俺は未成年だし。というか天ちゃん吸うのか。
「それは残念。トールくん真面目っすねぇ。男子高校生なら禁止された喫煙に意味もなく興味津々なお年頃じゃないっすか。どうっすか、初めての喫煙」
「吸ってみたいと思ったこと自体ないわ」
男子高校生観がとんでもなく歪んでいる。上司は未成年飲酒を勧めて、その部下は未成年喫煙を勧めるとかどうしようもないな。
「あの、天ちゃん様。よろしければ一本いただいてもよろしいですか?」
まさかの人物が手を上げた。
「リーフ吸うの!?」
「意外だな」
「うん、びっくり」
「ずいぶん長いこと吸っていませんが、若い頃は少々嗜んでおりました」
リーフの若い頃っていつだ。九百年くらい前か?鎌倉時代くらいか?
「あの頃は若くて少々ヤンチャでしたので。ふふ」
「へー、ヤンチャなことと関係あるんすか?」
リーフのヤンチャって何やってたんだろう。夜の校舎で窓ガラス割るなんて可愛いもんじゃないだろう。戦争してたらしいし、休憩のときは煙草が手放せなかったのかもな。戦争映画でも休んでるシーンはだいたいみんな吸ってるから。
「ヤンチャとはいっても、そこまで無茶なことはしていませんよ。オークの陣地に奇襲をかける移動の際、よく吸っていたのです。どうしても林の中の移動が増えるのですが虫よけに役立つのですよ。吐いた煙が虫除け代わりです。ああ、わたくしが吸っていたのは煙草ではなく葉巻ですけれども」
さすがリーフ様だぜ!俺の予想を遥かに超えてきた!
「あぁ、チェ・ゲバラのゲリラ戦みたいなもんですね」
「え、どういうこと?」
「あとは、討ち取ったオークの数が多い仲間に対し、一人一本ずつ葉巻を贈る遊びがありました。ここからは自慢のようになってしまいますが、わたくしが戦闘に参加すると確実にわたくしが頂戴していたのです。鞄が葉巻でいっぱいになってしまい、必然的に吸う機会も増えまして。ああ、もちろん仲間に返したりもしましたよ」
「リーフちゃんすっげえ!いろいろ話聞かせてくださいよ。今までの人生経験の話!じゃ、若者たちの身体に副流煙の被害を与えてはいけませんから、あっちの方で吸ってきますね。しばしお待ちを。ってわけでリーフちゃん、ちょっと移動いいっすか?」
「ええ、もちろん。では、少々失礼いたします」
「あ、ああ。ゆっくり吸ってこい」
「ご、ごゆっくりー……」
ああ、話聞きたい。くそ、声がぜんぜん届かない。天ちゃんが身体を仰け反らせて驚いている。なんだろう。リーフはいったい何を話しているんだ。気になる。




