「降臨、天の使者」part7
「天使さんはここで何をしているんだ?俺たちが来るのを知ってて、ここで待ってたとか?」
「いえいえ、まさかいらっしゃるだなんてぜんぜん知りませんでしたよ。まあ、手前がこの世界に来たのはトールくんに用があったからなんすけど、最初に降り立ったこの山が心地よくてしばらく滞在してしまったんですよね」
「俺に用事?」
「トールを異世界に連れて行くなんて言わないだろうな」
「言いませんよ。だから、斧に手を伸ばさないでくださいって」
「それで、あなたの用事って?」
ルルが相変わらず殺気立ち、オリサも珍しく態度が刺々しい。
「まず最初に、トールくんはしんどい思いをしてないですか?お元気ですか?三人とうまくやれてますよね?ぽんぽん痛くないですか?」
「子供かよ」
最後の質問は馬鹿にされているのだろうか。
「とりあえず元気だし、毎日仲良く過ごしてるよ。ぽんぽんも元気」
「そんならよかったです。そんじゃま、トールくんのお家に行きましょう。ウチの上司がやり残した仕事があるらしいじゃないっすか。なんでも?半壊したトールくんのお家を直して、お風呂やら寝室を広く作り直したら疲れてグッタリなのだとか。その上で頑張ってルルちゃんの工房を作ったりもしたけどもう無理とか言っちゃって。まったく情けない。そんなわけでまあ、上司の尻拭いに来た次第ですよ。おわかりいただけましたか?」
「は?」
「神様に仕える者として、手前も神様の力が使えるんすよ。なので、上司のやり残したお家の環境づくりをしに来ました。ああ、本来はもっと早く伺うはずだったんすけど、ここの環境を気に入ってしまって。それで、恥ずかしながらトールくん達は手前のことを知らないからと調子に乗ってダラケてしまったのです。まさか皆さんからお越しになるとは思いもしませんでした」
要するに、神様がやると言って放置した我が家の施設拡充を彼女が代わりにやってくれるということか。
「無礼を承知で伺いますが、本当に神様の眷属様なのですか?突然のことに未だ困惑しております。見たところ普通の人間族と違いがないように感じますが」
案外疑り深いようだ。長生きしている分、いろいろな苦労もあったのだろうか。話の端々に戦場での思い出話が交じるリーフだし、今更何があっても驚くことではないだろう。
「うーん、まあそうっすよねぇ。要は人間とは違った存在だってお見せすればいいんすよね?なら、……いよっと!」
天使が声を上げた瞬間、彼女の背中から青紫色の大きな羽が現れた。丸い穴の空いたジーンズや青紫の髪と大きな翼、その姿からクジャクの化身のようにも見える。
「な、何をする気だ!」
「いや、危害を加えたりはしませんって。天使なんすから羽だって生えてますって。あ、よーいしょっと」
驚く俺たちを尻目に天使は空高く飛び立ち、上空を旋回する。
「どうっすかぁ?これで天使だって信じてもらえましたか?あ、馬がいる。ちょいと失礼っ!」
そう言うと天使は一瞬のうちに視界から消え、即座に戻ってきた。両手で馬の胴体を抱きしめたまま。先程俺が乗っていた茶色い馬の巨体が悠々と宙を舞っている。
「サイ!」
馬の身を心配したリーフが叫ぶ。
「トール!あたしの魔法で撃ち落とそう!」
「待て!馬が怪我するから!わかった!君は天使!わかったから、そいつを下ろしてやってくれ。リーフが心配してる!」
「あ、ごめんなさい!すぐに下ろしますから」
そう言って天使は馬を抱きしめたまま降下してくる。鳥のような動きではなくヘリコプターのように垂直の離着陸。羽が生えてはいるものの、物理法則などまったく無視した動きができるらしい。その点も超常的な存在であることを感じさせる。
「ごめんなさい。ちょっと調子に乗っちゃいました。申し訳ないことをしたっす」
「いや、とにかく君が人間じゃないってのはちゃんとわかったし。リーフ、怒らないでやってくれないか」
馬を優しく撫でるリーフに声をかけるも、彼女が怒っている様子はない。
「わたくしもさすがに驚きましたが、この子自身はすごい経験をしたと喜んでいますので、気にしておりません。むしろ疑ってしまったことをお詫び申し上げます」
「ああ、いえいえ、気にしないでください」
「あんなの見せられちゃったら、もう納得するしかないよね……」
「ああ、そうだな……。驚いたものだ」
オリサとルルも納得したらしい。いやはや、神様と異世界人に続いて天使も現れるとは、俺の人生は驚きの連続だな。