「降臨、天の使者」part6
「ちょいとお待ちくださいな。いまそちらに行きますから」
そう言って女性は階段を降りてこちらに近づいてきた。世界には俺たち以外に人がいないはずなのに、この人は一体何者なのだろうか。
こちらもだいぶ特徴的な三人娘を引き連れているが、彼女も負けてはいない。一見黒髪に見えるショートヘアーは光の当たり具合で青紫色にも見える。ファッションモデルのような凛々しさを感じさせる顔立ちは、その短い髪と少し太目の眉を始めとしたメイクのためだろうか。
リーフの存在で若干感覚が麻痺しているが、身長も女性としては高いように思う。俺と同じくらいか少し下だろう。声は間違いなく女性のものだったが、それらの要素と精悍な顔立ちからかなり中性的な印象だ。だが、近づいてきた謎の人物の白いシャツを大きく盛り上げる膨らみが相手が女性であることを強調する。
近くで見るとジーンズはダメージ加工とはまた違った丸い穴がそこかしこに空いていて素肌が見えているし、足元はなんとも気楽なサンダル。オリサに初めて会ったとき服装に困惑したことを思い出させる人物だった。この人も原宿帰りか。いや、わからん服装を見たらとりあえず原宿の人だと思うのは違うか。
「さーてさてさて、お待たせいたしましたぁっと。んー、……あのぉ、すんません、トールくん」
「え、あ、はい」
つい気の抜けた返事をしてしまった。あれ、いま俺の名前を呼んだぞ。
「ドワーフと魔法使いとエルフ……、ルルちゃんにオリサちゃんにリーフちゃんでしたよね。怪しいもんじゃないっすから、武器を下ろしてくれませんかね?」
驚いた。俺たちの名前をどうやって知ったのだろう。それどころか彼女たちの種族まで正確に把握している。本人の発言に反して、俺達の不信感は高まった。
「貴様は何者だ?なぜわたしたちの名を知っている!」
「わたくしたち以外には人はいないはず」
ルルとリーフが立て続けに問いかけた。二人とも俺と謎の女性の間に立ってくれている。オリサは二人から一歩引いて俺の隣で杖の先を女性に向けたままだ。
「サラッとハブらないでくださいよ。あともう一人会ってる人がいるでしょう。ほら、偉い割にテキトーな性格のハゲた爺さんっすよ。本人はなんで他人に舐められてるのかわかってないようですが、あんなに威厳のない体たらくじゃしょうがないっすよねぇ。しかもお調子乗りで指摘されても改善しないメンドイ性格。皆さんもよぉぉぉおくご存知でしょう?」
「神様のこと、だよね……?」
オリサの驚きも当然だ。今話題に上ったのは間違いなく俺にこの世界の状況を説明し、オリサたち三人をこの世界に召喚した神様のことだ。
「知ってますとも。なんせ手前の上司ですから」
「上司?」
「はい、手前は天使をしている者です。世界中の紳士淑女に愛を伝える愛を届ける天の使者!どうぞ以後お見知りおきを。そんでですね、そろそろこの警戒ピリピリモードを解いてもらってもいいですか?」
頭を深々と下げ慇懃に挨拶をしてくるが、急に大量の情報が出てきて頭が追いつかない。こんなの世界が一変し神様と出会ったあの日以来だ。この女性は神様を上司と言い、自身を天使と名乗っていた。にわかには信じられないが、この状況では信じるしかない。
「天使とはいったい何なのでしょうか?」
「あたしの世界では、誰も見たこと無いけど男女を結びつける存在って言われてる。神様みたいな感じの……」
「いいっすね。だいたいそんなんすよ。簡単に言っちゃえば神様の使者っす。神様に代わって皆さんに会いに来ました」
「どうする?トール」
ルルが自称天使を睨みつけたまま聞いてきた。俺は一歩前に出て、ルルとリーフの肩に手を置き警戒解除の指示を出す。左右でなんともアンバランスな高さだ。
「あー、三人とも、とりあえず武器を下ろそう。まずこの人の話を聞こうか」
「トールがそう言うなら」
「承知しました」
「仕方ない」
俺の言葉に従い、全員渋々といった様子で武器を下ろした。リーフはおもむろにロングスカートのスリットを広げ、太ももに巻きつけたベルトに短剣と鉄串を収納した。突然のセクシーショットに面食らってしまう。
そもそもは、いつも着ているドレスのようなワンピースにスリットがなく、短剣の出し入れのたびにスカートを大きく捲っていてあまりにも絵面が酷かったから注意したのだ。淑女然としたリーフにはまったく似合わない動作だ。結果、オリサとルルに手伝ってもらいながら針仕事をしてスカートの右側面にスリットを設けたと。最近、リーフが歩くたびにきれいな足が見えて気になってしまう。衣装自体を変えりゃいいのに、などと無粋なことは言わない。
先生……、天国の浅香光代先生……。これが先生の提唱なさった『チラリズム』というものなのですね。
『浜の真砂が尽きるとも、世にチラリズムの種は尽きまじ』
なるほど。
「うわ!そのベルト、スパイの装備みたいでいいっすね。そんなんどこで手に入れたんすか?」
おかしな世界にトリップしていたら謎の女性が俺を引き戻した。俺は何を考えていたのだ、このたわけ者が。
「解体した馬の革を使って自作しました。あなたは一体何者なのですか?」
「革製品の自作!器用っすねぇ。手前ですか?さっき自己紹介したじゃあないですかぁ。あたしゃ天使ですよ。神様の使いでござんす」
情報が増えていない。いや事実なのかもしれないが、それにしたってもう少し情報をくれても良いのではないだろうか。