「降臨、天の使者」part3
「はー、馬の上ってのは眺めがいいもんだ」
「車も便利ですが、今後は馬を使ったお出かけもいいものだと思いますよ」
リーフが俺を乗せた馬を引きながら提案してきた。結局、今はリーフだけが馬に乗っていない状態だ。彼女は念の為しばらく歩いて馬を引き、帰りは俺と一緒の馬に乗るということになった。
冬の終わりと春の始まり、まだ些か鋭さの残る空気と太陽からの柔らかな光の同居する空のもと、俺たちは馬上の人となっている。
会話が途切れた途端、つい後方に視線を送ってしまった。視線の先には馬の鞍に固定された弁当入りバスケット。先程から二度三度と振り返っている。到着すれば少し遅めの昼食。手慣れてきたとはいえ、農作業を終わらせてから家を出たので流石に腹が減ってきた。三人は俺の様子に気づいているだろうか。馬の視野はかなり広いらしいから、山道を歩く二頭の馬は理解しているだろう。リーフにはヒミツにしておいてもらいたい。
「わたしはやはり少し怖い」
隣の馬にはルルとオリサが乗っている。馬に乗れないルルのために、オリサが手綱を握りつつルルに密着して抱きしめる形になっている。オリサなりに気を遣っているようだ。
ルルも一応乗馬レッスンを受けたが、どうにもドワーフが普通の馬に乗るのは危ないという先入観が邪魔をしているようであまり上達はしなかった。小さい馬には乗れるらしいので、怖がりさえしなければ普通に乗れるだろうというのがリーフの評価だ。もちろん、体の大きさの関係で普通の馬のほうが走りが速くなるためそれも恐ろしいのだろう。
「大丈夫、大丈夫!リーフちゃんの大事なルルちゃんをキズモノになんてしないから安心してよ」
「わ、わたしはリーフの所有物じゃない、ぞ……」
慣れない馬上で緊張しているのか、ルルのツッコミがいつもより弱々しい。
「ふざけると危ないから、ほどほどにな」
「はーい」
「ト、トールの言う通りだぞ、オリサ」
「大丈夫だよ。落馬しそうになったら、ちゃんと抱っこしてあげるからね」
「子供扱いするなと言っているのに……」
なんだかんだでこの二人は信頼しあっているから心配はない。
そこまで標高が高いわけではないが、山道もだいぶ登ってきた。ギリギリ二車線分はあるが中央線は引かれていない幅の道路の片面は崖、反対の面は壁と木々という道だ。当然、歩道なんて無い。よく考えたらガードレールに張り付くように徒歩で参拝したときの俺も車が怖かったけど、運転していた人たちも俺に注意しなければならないせいで余計な心労がかかっていただろうな。今更ながら申し訳ないことをしたもんだ。
「道が開けてきましたね。そろそろお寺でしょうか」
「そこの階段が参道ではあるけど、このまま道なりに進もうか。もう少し先に駐車場があるから、そこに馬を置いて参拝しよう」
「わかりました」
俺たちの左手前方には階段、右手には第二駐車場として使われていた開けた空間が広がっている。もう少し進んだ先の第一駐車場をとりあえずのゴールとしよう。
「結局、リーフにはずっと歩かせちゃったね」
「上り坂とはいえ一時間程度でしたらそこまで負担ではありませんから、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「なあトール、右にあるあの小屋は何だ?」
ルルが第二駐車場の奥にある小屋を指差した。
「あそこの中にはクジャクがいるんだよ。よくあそこから出されて、境内を歩き回ったりしてた」
「クジャクって、あの~……、あの、なんかスゴイ鳥?」
「どうすごいのか全く伝わらんが、たしかに鳥だ」
なんの説明にもなっていないオリサの確認に、ルルが呆れたように返した。
「雄は派手な鳥だな。ただ、飼育されてた動物は時が止められてるらしいから、近づいても何も面白みはないと思うぞ」
この世界で、かつて人に飼育されていた動物たちは現在時が止まっている。世界から人が消えたあの日、俺に状況を説明してくれた神様がゴッドパワーなる胡散臭い力で止めてしまったのだ。かわいそうではあるが、餌を与える人間がいなくなり餓死してしまうのに比べたら遥かに良いだろうと神様が判断した。かなり抜けたところのあるじいさんだが、実際の所その力は強大なのだ。