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逆異世界転移物語 〜エルフ・ドワーフ・魔法使いと地球でゆるくぬるく暮らす物語〜  作者: シンドー・ケンイチ
第五章「一人の世界 一つの家族」
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「一人の世界、一つの家族」part9

 なかなか寝付けない。だけど、理由は以前のものとは違う。今日は楽しさの余韻が強いのだ。ここ最近では一番遅くまで起きていた。みんなで気楽に話すのもいいもんだ。

 少し外に出るか。

 机には温かいほうじ茶入りの小さな水筒が置いてある。よく眠れるようにとリーフが宴の前に用意してくれたのだ。俺はそれを持って自室の大きな窓を開け、ベランダに出た。

 空には輝く満月が登っている。今まで意識したことはなかったが、月って案外明るいんだな。物思いにふけるでもなく、ぼんやりと見つめる。


「きれいだな」


 しばらく眺めていたら自然と口からこぼれ出た。


「ホントだね」


 背後から独り言の返事が返ってきた驚きから、水筒を落としそうになった。


「オリサ。なんで?」

「窓が開く音が聞こえたからさ、トールがまた寝られなくなっちゃったかと思って。大丈夫?」


 今日は心配する必要なんてない。


「ありがとな。今日は嫌な理由じゃないよ。みんなで一緒にいたのが楽しかったからかな。オリサも寝付けないのか?」

「うん。ルルちゃんもリーフちゃんも、ちょっと飲みすぎたみたい。寝ながら抱き合って、ゴロンゴロン転がっちゃって」

「相思相愛だな」


 口元がほころぶ。

 家修理のついでに、オリサとルルの部屋でリーフも寝られるよう神様に部屋とベッドを大きくしてもらった。かつての両親の部屋は今夜から三人部屋だ。


「それで、ちょうどいいからトールの部屋で寝ることにしたの」

「やだ」

「なんでよ!」


 正直に言うと、昨日までのように一緒に寝られるのは魅力的だ。


「ベッドが狭いからな」

「え、いいじゃん、どうせピッタリくっつくでしょ?」


 よくもこうあっけらかんと。ますます魅力的な話になってしまった。まいったな。


「で、どうする?」

「お前なぁ、男に対して無防備すぎるぞ」

「あたしはトールを信じてるよ。トールがこの美少女に欲情しちゃっても、もしあたしが嫌がったらトールはそれ以上してこないって知ってるもん」

「ヘタレなもんでしてね」


 そう言って肩をすくめる。

 本当に、オリサは俺より何枚も上手(うわて)だ。


「今日は泣かないから安心しろ。これ飲むか?リーフが用意してくれたお茶」

「うん、ありがとう」


 ゆっくりとお茶を飲むオリサをよそに、俺は月を見ていた。綺麗だ。


「何を考えてるの?」

「んー……。どこか別の世界にいる妹のユリに『元気か?俺は最高の家族と一緒だから大丈夫だぞ』って。あとは、うん。『さようなら』……かな」


 オリサが珍しく戸惑った顔をする。そんな心配することないのに。


「まあ……『異世界』って言うぐらいだから、この世界にある月に話しかけたって妹には届かないけど」

「届いてるよ。根拠はないけどね」


 オリサも隣で月を眺めている。返事がもらえるだけで嬉しい。


「俺たちはそれぞれ別々の方向を向いてるように見えるけど、実は同じらしい。みんな同じ宇宙を見つめている。俺たちは同じ生き物なんだとか。だから、オリサが言ってくれたことはきっと正しいよ。今日も月が輝いてるしな」

「わかった。それもブライアンさんの言葉だ」

「御名答。インタビューでそんなん言ってた」


 笑顔のまま夜空を見上げた。


「さて、そろそろ寝ようか。だんだん夜も暖かくなってきたな」

「うん」


 ベッドには既にオリサの枕が置かれている。持ってきていたのか。用意がいいことで。


「急に声をかけられて驚いた。隠密行動の魔法でも使ったのか?」

「そんなのないよ。忍びの者でもあるまいし。トールがぼんやりしてただけじゃない?」


 冗談を言い合って笑えるって良いもんだな。

 それにしても、昨日までのベッドと広さが雲泥の差なのが残念。そのうちルルに手伝ってもらって大きなベッドをいただいてこよう。あとマッサージチェアー。


「一応言っておくけど、誰とでも一緒に寝るわけじゃないよ。トールは信頼できるからね。神様だったらお断り。誘われただけで目が()色になっちゃう」


 どの程度本気かわからないけど、信頼されているならよかった。


「それは恐ろしいもんだ。せいぜい信頼を裏切らないようにがんばります」

「へへへ。今夜もゆっくり寝られるといいね」

「ああ、そうだな」


 そう言ってオリサに視線を送ると、今日も変わらず美しい常磐(ときわ)色の瞳が優しくこちらを見つめる。この目が見たくて月明かりが入るようレースカーテンしか閉めなかったのはナイショ。


「ありがとうな、オリサ」

「何が?」

「昨日は自分でもわからなかったけど、昨日の『ありがとう』も今の『ありがとう』も同じだった。俺もオリサと同じだったよ。一緒にいてくれてありがとう」

「うん。あたしも、ありがとう。ありがとう!トール」


 オリサが俺の手を握ってくる。


「ありがとう、オリサ。おやすみ。また明日」


 その手を握り返しながら、明日も変わらず傍にいると伝えた。


「うん。おやすみ。トール。また明日」


 オリサもまた、傍にいてくれると言ってくれた。

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