「一人の世界 一つの家族」part3
「ねえ神様、あたしも聞きたいことがあるんだけど」
それまで興味なさそうにお茶をすすっていたオリサが会話に入ってきた。
「なんじゃ?」
「あたし達、ずっとこの世界に居られるの?トールの家族はもうずっと帰って来られないの?もし帰ってきたら、その……あたし達は元の世界に帰らなきゃダメなの?」
自分たちの今後に関わることとあって、リーフもルルも背筋を伸ばして神様に視線を送った。
「なるほど、まあその質問はもっともだ……」
神様はなかなか答えず目を閉じたまま顎髭を撫で続けている。何か答えにくいのか?と、堪えきれずリーフが問いかけた。
「神様、いかがなさいましたか?」
「ふむ、まあ気になるわな」
「うん、早く教えてよ」
急かすオリサに応えるように神様がニヤリと笑った。
「クックックッ、ふふ、ふはははは!ならば、お前たちを今すぐ送り返してやろうか?」
「んんっ!失礼。神様……、本気なのですか?」
リーフが咳払いをしながら髪を後ろにまとめた。調理中は見慣れた姿だが、そうでないときでは珍しい姿だ。いつもより低い声で神様に確認をする。
リーフの様子を見たルルとオリサが何かアイコンタクトを取ったのが見えた。空気が重くなりだしたのを感じる。何が起きようとしている。
一方の神様はそんなものは関係ないとばかりに怪しい笑みを浮かべたままだ。
「ふっふっふっふっ。本気だ、と言ったら?」
「やむを得ません」
眉間に皺を寄せたリーフがゆっくりと口を開く。
「……イスタル」
瞬間、身体に衝撃を受ける。椅子から落下する感覚に思考が追いつかない。そんな中でも体が勝手に動いた。後頭部を打たないよう、首を丸めてへそを見るような体勢で床に叩きつけられた。なんとか受身は取れた。
なんだ?床に倒れているのはわかるが、一体なぜ。
「トール、そのまま伏せてて!」
「なんじゃ!?」
オリサが俺に覆いかぶさるようにしている。彼女の手にはいつの間にか愛用の杖。リビングに強烈な突風が吹き荒れ、まるで戦場に放り込まれたかのような轟音が続く。
「や、やめんか、お前ら!」
家の外に神様が見える。慌てて神様が回避した地点を斧が薙ぎ払った。斧の持ち主は今まで見たことのない恐ろしい形相のルル。
やけに外が見やすい。一瞬理解できなかったが、まちがいない。認めたくないがこれはそういうことだ。
我が家の壁が消えている。
「なんっだこりゃあぁぁぁぁぁぁっ!おいおいおいおい!、お前の風か!?壁が根こそぎ吹っ飛んでるぞ!」
「そう!あたしは本丸警護。神様とトールの距離を開けるのに突風を起こしたの。はぁっ!」
話しながらオリサの目は普段の緑から青へ、水を操る『瑠璃色のオリサ』へと変化した。彼女が叫び杖を掲げた直後、外では激しく雨が降り出した。構わず神様に突撃するルル。一瞬空を見上げ隙を晒してしまい大慌てて回避する神様。首を狙った大振りの斬撃を神様が紙一重で回避した直後、更に驚いた顔をして大きく飛び退いた。寸前まで神様の立っていた地点を何かが鋭く通過した。
「くっ!雨で気配を隠してるのに、リーフちゃんの矢に気づいた!あたしも出るしか……」
「オリサ!持ち場を維持!」
今のは声からしてリーフか。初めて聞く荒々しくも凛々しい物言いだった。どこにいるのかわからないが、慌てるオリサを馬鹿デカい声で一喝する。
「ご、ごめんリーフちゃん!」
「お、お前らやめろ!うひゃあっ!」
「ええい、すばしっこい!」
俺は何を見せられている。ルルが接近し振り下ろす斧を回避した瞬間を狙ってリーフの矢が神様に迫る。心を読んでいるのか、それもなんとか寸前で回避する。幾度も幾度もそのやりとりが続く。だがそれは決して長くは続かなかった。突然、神様の動きが止まった。
よく見ればいつの間にか神様の背後にリーフが立っていた。まったく気づかなかった。自然と一体となっているというか、視界に入っているはずなのに脳が存在に気づけないとでもいうのか。
リーフは肩に弓を掛け手には短刀を持ち、その刃は神様の喉元に当てられている。距離を詰めたルルが神様の持っていた杖を蹴り飛ばした。これで神様は丸腰だ。
「申し訳ございません、神様。こうするしかないのです」
「『辞世の句』というものがあるのだろう。読みたいならそれを読むまでは待ってやる。時間稼ぎと判断したら容赦なく切るがな」
「やめんか!この世界そのものがなくなるぞ!と、透、やめさせろ!」
わけがわからんが、とにかく止めたほうが良さそうだ。
「リーフ、ルル、待て!オリサ、ちょっとどいてくれ」
目で不服を訴えるものの言う通り俺の上から降りたオリサを伴い、激しく吹き荒れる雨粒を受けながら神様のもとに急いだ。現場ではリーフが逆手に持った左手の短刀を神様の喉に当てたまま、右手で神様の右手首を拘束している。ルルは斧を振りかぶっていつでも神様の脳天に振り下ろせる体勢だ。
「透!話をしよう!二人、いや三人を落ち着かせるんじゃ!」
ふと見れば傍らのオリサは眉間に皺を寄せ杖の先端を神様に向けている。激情に駆られた両の目は緋色に燃えている。
「神様、次に勝手に喋ったら『緋色のオリサ』がその舌を炭にするから」
慌てて口を閉じてこちらに目線を送る神様。とにかく話を聞かなければ。この場をどうにかできるのは俺だけらしい。
「リーフ、ルル、オリサ、まずは話を聞こう。やめるんだ」
三人とも甚だ不満げな表情を浮かべながら武器を下ろし神様を開放した。
「し、死ぬかと思った……」
泣きそうな顔で泥の中に崩れ落ちる神様。本当に、何がどうなっているんだ。