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逆異世界転移物語 〜エルフ・ドワーフ・魔法使いと地球でゆるくぬるく暮らす物語〜  作者: シンドー・ケンイチ
第四章 「手をとりあって」
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「手をとりあって」part26

 無音。

 広い道場で俺は正座のまま瞑想を続ける。

 三年間、練習に明け暮れた。大会で優勝したときは嬉しかった。捻挫が治って練習に復帰したとき、体の鈍り具合に驚いた。勉強も頑張ったけど、俺はごちゃごちゃ考えるより体を動かすほうが好きらしい。そうだ、無理して余計なこと考えるなら体を動かせばいいんだ。それで全てが解決なんてことはないけど、気晴らしにはなる。

 そういえば神事としての相撲は神様に豊穣とか泰平を願うために、自分たちが健康であることを神様に披露するために行われていたらしい。それなら俺はこの道場に対し三年間の感謝を込めて型を披露しよう。残念ながら道場の神様とか空手の神様なんてものはいなくて、オリサたちをこの世界に呼んだ老人が一人いるだけらしいけど。

 目を開け大きく深呼吸をする。


「ちょっと動くよ。二人は端に座ってて」

「ムリ……」

「この座り方、だいぶ辛くないか……?」


 オリサ、正座の影響で身動き取れず。

 ルル、オリサより軽症なれど眉間にシワが寄っている。

 俺の両脇に並んで同じように座っていたのが効いたらしい。


「だから付き合って同じ座り方しなくていいって言ったのに。じゃあ、俺が少し離れたところでやるよ。足を崩してここにいろ」

「何をやるんだ?」

「型って言って、簡単に言えば戦いを想定していろいろな技を出す演舞だな。見ている人が力強く美しく感じられることが大切」

「じゃ、見てて審査してあげる。あ!あっ!いだだだだ!」


 足を崩そうとして痛みが走ったらしい。


「ときどきデカい声を出すけどビビるなよ」


 二人から少し距離を取りながら靴下とシャツを脱いで壁際に放り投げる。ジーンズだけの半裸だが、道着はないしプールで上半身を何度も見せているわけだから今更二人に嫌がられることもないと思う。

 手首と足首を回し四股のように構え股関節を動かし、膝に手をつき肘を伸ばして広背筋も伸ばす。手足の筋を伸ばし、軽い準備運動をする。

 開始地点を定め、集中。



 高校三年間、お世話になりました。俺は今日、この学校を去ります。これがここで披露する最後の型です。

 深く一礼し、肺の中の空気を全て押し出すように息を吐きながら足を肩幅に開く。ストレスの残滓(ざんし)が胸の中から消えてゆくのを確かに感じた。型の名称を披露する直前、審査員や見学者の視線が集中するこの瞬間、闘志と集中力が急速に高まる。空になった肺に空気を取り入れ、恐らく最も練習した型の名前を叫んだ。

 俺は組手より型の練習が好きだ。ミスで誰かに怪我をさせることのない練習だから。オリサが言う野盗なんてこの時代の日本にはいなかった。でも自分や周りの人に何かあったとき守れるくらいの力は欲しかった。だから空手を始めた。幸運にも俺はこれを楽しいと思い練習を続けてきた。これはその総決算のようなものだ。

 だから型はいろいろ覚えた。均一に一定の速度で動いては美しくない。ときに機敏に動きキレよく、ときに大地を踏みしめるように重厚感を持たせて。緩急織り交ぜ一手一手丁寧に繰り出す。

 俺はまだまだ未熟だ。一人で考えすぎでみんなを心配させてしまった。だが、そのおかげで深く繋がり合うことができたように思う。俺はもう大丈夫だ。次に誰かが辛い思いをしたとき、助けられるようもっと強くなろう。更にその次に俺がまた疲れてしまったら、きっと三人が支えてくれる。

 だって俺たちは家族なんだ。

 最後の一手と共に気合の声を出す。


「せあ!!」


 ゆっくりと、大きく息を吐く。そして一礼。

 終わった。卒業証書はないが、これで俺の高校生活は終わった。いいものだったな。


「ふう」

「トール、かっこよかったよ!」

「ああ、わからないわたしから見ても、力強さ溢れるいい演舞だった」


 二人が拍手をしながら褒めてくれる。


「ありがとう。ふう、それじゃあ帰ろうか」


 リーフも含めた三人と支え合って生きるため、俺はこれからも精進していこう。

 道場に置かれた神棚を見つめ背筋を伸ばす。



「押忍!」



「も、もうちょっと休みたいな……」


 未だ足が動かないらしい。


「締まらねぇなぁ」


 ・・・・・・・・・・・・


「リーフちゃん、何してるだろうね」

「優雅にお茶しながら読書ってのが一番似合う姿だと思うなぁ」

「実際のところは血染めのエプロンで動物の解体といったところか」


 ルルの嫌な記憶が刺激されてるな。


「泣きそうになったら手を握ってやるよ。知ってるか?手を握られると元気になるんだぞ」

「オリサ先生の受け売りじゃん」

「ふふ、覚えておこう」

「ちょうど流れてるね」

「そうだな。歌うか」

「ああ、いいだろう」


「「「レダァス、クリン、トゥゲザー、アァザ、イェーズ、ゴウバァイ,オゥ マイラァヴ、マイラァーヴ」」」


「これを書いたブライアンさんは優しくて大きな心の持ち主なんだろうね」

「ああ、いい歌だな」

「だろ?ブライアンは天文学者でもあったから、大きな世界を見つめてたんだと思う。……なあ、二人ともサンキューな。本当に、最高の旅行だった」

「また来ようね」

「次はリーフも連れてだな」

「ああ、次は四人で手をつなごう」



 俺の家族は最高だ。



第四章「手をとりあって」

 完

出典


May, Brian Harold. (1976) Teo Torriatte (Let Us Cling Together)

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