「手をとりあって」part22
「今日も楽しかったな」
「うん。ルルちゃんは今も楽しんでるみたいだけど」
朝から見始めてまさかの三周目に入るとは思わなかった。どんだけ気に入ったんだ。
「ふふ、楽しそうでよかったね」
「だな」
「ルルちゃんはたぶんあっちの部屋で寝る感じだよね。今夜は二人っきりだね、トール」
挑発的なことを言いながらオリサがベッドに寝転がる。魅力的な言葉であると同時に寂しさも感じさせる言葉だった。
「そうだな。ルルはいないんだな……」
オリサに続き俺もベッドに潜り込む。
「寂しくなっちゃった?」
「どう……だろう。自分でもよくわからないな……」
仰向けのまま天井を見つめ考えを整理しようとしたがバスローブを引っ張られた。『こっちを向け』という催促らしい。素直に従いオリサと向かい合う。
美しく澄んだ常盤色の瞳と目が合った。こんなに美しい瞳の人に今まで出会ったことがあっただろうか。初めはこんなに可愛らしい少女が隣にいるというだけで緊張していたのに、今は隣にいてくれることがたまらなく心地よい。
「ありがとな」
「なにが?」
「わからん。オリサを見てたら言いたくなった」
自分でもよくわからない。なぜか無性に言いたくなった。
「じゃあ、あたしも。ありがとう」
「なにに?」
「ここに居てくれること。トールと一緒に居られるだけで毎日楽しいよ。ありがとうね」
彼女に触れたい。手放してはいけない。絶対に、オリサだけは。
「オリサ。手を……握ってもいいか?」
「もちろん」
向かい合ったオリサが差し出した手を両の掌で包み込んだ。瞬間、涙がこみ上げてくる。目の奥から押し寄せる感情を止めることができない。
オリサが優しく隣にいてくれる。幸せだ。俺はいま世界で一番幸せだ。
だが、リーフとルルはここにいない。怖い。寂しい。二人とも決して遠くはない場所にいるのはわかっている。わかっているのに、たまらなく不安になる。どこかへ行ってしまったのではないか、また俺の手から大切な人々が溢れ落ちてしまったのではないか。そう感じられて怖い。
泣き出した俺にオリサが驚いたのが見えた。当然だ。困らせたくない。だが涙が止まらない。
幸福と恐怖が、安心と不安が交互に胸を叩く。オリサがいる。でも彼女までいなくなってしまうかもしれない。目を閉じるのが怖い。怖い……。
「ごめん、リーフもルルもこの世界にいるのに、急に寂しくなっちゃって。オリサ、あの、なんて言うか……」
「教えて」
「目を……閉じたくない。眠るのが怖い……。目を開けたとき、君までいなかったら……もう、耐えられない……」
「大丈夫だよ。ほら、おいで」
そう言って彼女は優しく柔らかな笑みを浮かべて両手を広げる。戸惑っているうちに俺の頭をオリサの両腕が包み込んだ。温かい。オリサの手が優しく頭を撫でる。
「大丈夫だよ。大丈夫。あたしはここにいるよ。ルルちゃんも近くにいるし、リーフちゃんはお家にいるから。すぐに会えるよ。トール、大丈夫、いなくなったりしないから」
限界だった。涙がとめどなく溢れる。あの朝と同じように、子供のように声を上げていた。何の意味も成さない音がひたすら喉から溢れてくる。自分で自分が制御できない。俺はただオリサの細い身体に手を回して縋るように抱きしめることしかできなかった。
「オリサ、怖いんだ、オリサ……。ここに、いて……。お願い……だから。オリサ……」
「大丈夫だよ。あたしはここにいるから大丈夫。トール、寂しかったよね。トール、ありがとう。いつもあたし達を大事にしてくれてありがとう。故郷で孤独だったあたし達を受け入れてくれてありがとう。トール、ごめんなさい。君がこんなに疲れているのに気づけなかった。寂しくて、こんなに怯えているのに気づけなかった。ごめんなさい。ねえ、トール。あたしは、ううん、あたし達は幸せだよ。本当にありがとう、トール。大丈夫、あたしは明日もここにいる。ずっといるよ。ずっとずっと、トールのそばにいるから、大丈夫」
「あ、ありがとう。オリ、サ。あり、がとう……。オ……サ。オリ、サ……」
俺を包む手に力が入る。ただひたすら安心する。オリサは間違いなくここに居る。
俺もオリサを強く抱きしめた。精一杯の感謝を込めて。