「手をとりあって」part19
「あれ?トール、あれ何?土がモコモコって盛り上がってる」
オリサの指差す方を見ると確かに芝生の中に数か所緩やかな円錐形に土が小さく盛り上がっている場所がある。あれはモグラが通った跡だったはずだ。
「あれはモグラ塚だな。オリサの世界にはいないのだろうか?」
ルルが代わりに答える。モグラ塚って名前なのか。それは知らなかった。
「モグラって動物は知ってるけど、見たことない。あの下にいるの?」
「俺も詳しくは知らないけど、たぶんそういうことだと思う」
「ほう!なるほどね」
なにか良からぬことを企んでいるのではないか、そんなことを俺の第六感が告げた。
「オリサ、何しようとしてるんだ?」
返事を聞かずとも目を合わせたら理解した。直前まで緑色だったオリサの目が黄色く輝いている。いつの間にやら土を操る『櫨染色』のオリサに変身していた。
「やめんか!」
「まだ何もしてないじゃん!」
「土を動かしてモグラを外に出そうとしてるのだろう?」
ルルが冷静に指摘する。
「よくわかったね!」
わからないほうがどうかしている。
「地中で生活してる動物を無理に外に出すのは可哀想だろう。やめとけ」
「はーい」
多少不満げな色が混じっていたが、オリサは素直に従う。目を見るに、いつもどおりの『常盤色のオリサ』に戻ったようだ。
「モグラの住処なぁ……」
「どうしたの?やっぱ気が変わった?」
嬉しそうにするオリサの目が再び黄色くなった。こえーよ。
「緑とか黄色とかコロコロと目の色変えるなよ。けっこう怖いぞ、ソレ。いや、なんかモグラで思い出せそうなことがあるんだけど、何だったかなと思って」
「ここに関することか?」
たしかそうだったが……。
「ああ」
「妹ちゃんは?」
「あ」
思い出した。と同時に笑いを堪えられず吹き出してしまう。
「た、楽しそうだな?」
「トールが壊れた」
「違うわ。思い出したんだよ。子供の頃家族でここに来たとき、俺は妹が迷子にならないようにずっと手を繋いでたんだ。梅の花が咲いてるとき、ここってお客さんたくさんいたからな。ただ、当の俺もまだ小さくてな。気をつけて歩いてたつもりが今と同じようにモグラの土を見つけて、梅の花よりモグラが気になっちゃってさ。妹と二人で土をじっと見つめてたんだ。待ってればモグラが出てくるかもしれない!って思って。その後、俺達がいなくなったって親が心配して探して、俺達は梅の名所で手を繋いだまま土をじっと見つめて固まってたっていうね。なんともアホらしい話だろ?結局、二人揃って迷子になってたわけだし」
我ながらなんともしょうもない子供だったな。
「トールにもそんな子供の頃あったんだね」
「そりゃあ、この姿のままいきなり天から降ってきたわけじゃないし」
子供の頃なんてイメージできないよな。
「楽しい思い出だな。なら、そこの塚を見つめてみるか?」
「いいね!」
「モグラが現れるとは思えないけど、まあ少しなら」
その後数分、俺達はご丁寧に手を繋いでモグラ塚を眺めていた。当然、モグラが現れることなどなかったが、なんだか不思議と晴れやかな気分でその場を後にすることができた。
「いい眺めだなぁ」
「梅の花、昨日の湖。いいものだ」
「遠くに建物がたくさん見えるのもいいね。ご飯も美味しいし」
俺たちは園内にある古い木造建築に来ていた。昼はここで景色を眺めながら食べることにしたのだ。といっても、今日の昼もインスタント食品だが。レンジがないのは予想できたので、カセットコンロと小さめの鍋を持参したのが功を奏した。流石に荷物になって邪魔だけど仕方ない
それにしても静かだ。すぐそばを道路と線路が通っているから、本来ならもっと騒がしいはずだ。今は風が吹き木々が揺れる音と俺達がたてる物音以外に何も聞こえない。本当に今更ながら人がいないんだな。何度も再確認させられていることだけど、自宅や隣町以外の場所に来て改めて実感した。以前、ルルを送ってこの辺りに来たときはほぼ車から降りなかったし。
「今は何考えてるの?」
「え?」
「湖の方を眺めてぼんやりしているからな」
なるほど。またあらぬ物思いに耽っていると思われてしまったか。
「今更ながらに、人がいないなぁって実感してた。わかってはいたけどさ。でも、うちの周りって元から人口少なかったしそこまで気にならなかったんだ。ここは県内でも特に大きい町だから、人がいないって実感が強く湧いたね。出かけてよかった。やっぱ外に出ていろいろ見るって大事だな。みんなが居なくなったことについては、段々割り切れてきた気がするよ。二人とも、ありがとな」
今しがた実感したことを説明すると、オリサもルルも微笑んで顔を見合わせた。
「それならばトール、ここからはお前自身のための時間だ」
「俺の?」
「やりたいことやって、好きに遊べってこと。リーフちゃんに仕事させてるとか考えなくていいからね?リーフちゃんもわかってて送り出したんだから。あたし達はそれを監視する義務があるし」
監視とはまた物々しい。
「リーフから頼まれたんだ。一緒に遊ぶならわたしとオリサだと。異世界人であるのを差し引いても浮世離れしたリーフじゃトールも難しいだろうと。家畜の世話などリーフが一番手際が良いのは事実だが、それ以上にお前の心を癒せるのはわたし達だと判断したんだとか。自分で言うとこそばゆいがな」
「リーフちゃんなりに悩んでたみたい。まあ、リーフちゃん優しいけど神々しすぎるもんね」
たしかにそう言われるとわかりやすい。
「ああ、確かにそういう意味では女神様のリーフが同行するより、ちびっ子姉妹が一緒のほうが気楽でいられるか」
なるほど、非常に納得がいった。打ち解けてきているとは思うんだけど、この二人のほうが一緒にいてリラックスしやすいのは間違いない。
「なるほど。お前はやはり髪を燃やされたいらしいな」
「ふっふっふ、上手に毛先だけチリチリにするから見ててね」
あ、さっき余計なことも言ってた。
「ごめん。調子に乗った。あの、ルル?手首離してくれないかな?あの、オリサ?いま別に『緋色のオリサ』は必要ないから常磐色に戻っていいのよ?ははは……」
その後しばらく、オリサの放つ火球がいくつも顔のすぐ脇を突き抜けていく拷問を味わった。
今更ながら、もしオリサが暗黒面に落ちたらあっという間に世界が終わると思う。今後も仲良くしよう。
「ごめんなさい。許してください」
「ビビった顔たくさん見られたから、まあいいかな」
「次は思い切り握るからな」
仲良く。