「手をとりあって」part13
「そろそろ開きそう?」
「ちょっと待ってろ……。よし、開いた」
施錠されたフロントへの扉が小さな音を立てて開いた。かつての世界ではスマホが手放せないものだったが、今の俺はピッキングをするための曲がったクリップが手放せなくなっている。
あらぬ疑いをかけられるから誰にも話したことなどなかったが、映画の影響を受けて身に付けたこのくだらない技術が役立つ日が来るとは。この生活になってからというもの、ホームセンターや学校、よその家など幾度となく解錠を試みて、すっかり手際が良くなってしまった。結果として今役立っているがなんとも言えない罪悪感だ。
ちなみに、俺が解錠に失敗した場合、ルルが愛用の斧で豪快に鍵を破壊し強靭な足で扉を蹴り飛ばすというプランBが発動する。できればそれは避けたいので、今日もこそ泥のような真似を頑張っているわけだ。常に斧を持ち歩いているのにも理由がある、らしい。
「そこの壁に部屋の写真が並んでいるぞ。値段も書いてあるから、高い部屋ならトールが希望する大きなベッドもあるんじゃないか?」
「いいね。それじゃ高い部屋の鍵を取って早速行ってみよう!」
目星をつけたいくつかの部屋の鍵をフロントで回収し、俺たちはエレベーターで最上階を目指した。
「装飾を見るに、ここはなかなかに上等な施設に思えるな」
「うん、あたしもそう思う」
二人もそう思うのか。入り口の天井にはシャンデリア、よく磨かれてピカピカ、なんか落ち着いた上品にまとまった床と壁紙……、初めて見る雰囲気の空間だった。
「実は俺もそう思ってた」
「そういえば、ここって大事な人と来るところなんだよね。トールも初めて来たの?」
余計なこと言わなきゃよかった。
「ああ、初めて来た。だからキョロキョロしてたんだ」
「なるほどな。着いたぞ」
「広い……。ずいぶん豪華な部屋だな。ここは貴族の静養地だったのか?」
「すごっ!お城の中みたい」
とりあえず一番値段の高い部屋に入ってみたが、想像以上に豪華な部屋に度肝を抜かれた。それはルルとオリサも同様だったようで、各々驚嘆の感想を漏らしている。
オリサの言う通り、まるで中世ヨーロッパの城のようだ。そういうテーマの部屋なのだろうか。部屋の中にはデカいソファー、マッサージチェアー、椅子とテーブル、動きの止まった魚入りの水槽などなど。いったい何人で使うことを前提とした部屋なのかわからない。この部屋では常識は捨てたほうがいいらしい。
「天蓋付きのベッドとは驚いた」
「すごーい!こんなところで寝られるなんて、夢みたい!」
何サイズというのかわからない大きなベッド。上から垂れているカーテンのようなものは天蓋というらしい。本当にお姫様のベッドのようだ。
「なるほど、愛する者と来る場所なだけある。驚きの言葉しか出てこないな」
「すっごいね!お部屋は広いしベッドもおっきいし。あ!お風呂見てよ!三人で入っても余裕がありそうだよ!」
興奮したオリサに促され浴室に入ったところ、たしかに一般家庭ではお目にかかれないような大きな浴槽が鎮座していた。これはすごい。とりわけいい部屋を選んだとは言え、ここまで豪華だとは思いもしなかった。
「いきなり願望が叶ってしまったな」
確かに、思いもよらない形で大きな風呂という願望が叶いそうだ。
「俺も驚いた。寝るときは他の部屋を使うつもりだけど、風呂はここで入らせてもらうよ。あ、他の部屋も浴槽がこれぐらい大きければそっちで入ろうかな」
さすがに大きなベッドとは言え、一緒に寝るのは気恥ずかしい。思いのままを口にしたところ、二人とも怪訝な顔で固まってしまった。
「は?どういうことだ?」
「なんでそうなるの?」
「え?いや、いっしょにこの部屋に入ったけど、俺は別の部屋で寝るつもりだったんだが……」
明らかに二人とも困惑している。ついでに俺も困惑している。
「え、あの……、ごめん」
「ああ、そのとおりだ」
「なんでなの?大きいベッドとお風呂じゃん!願いが叶いそうなんだよ?」
何か俺の意図と二人の解釈にズレが生じている気がする。こういうときは余計な言葉は使わず素直に話そう。
「あの、俺はいつも狭いシングルベッドだから大きいベッドを使ってみたいとか考えたんだ。風呂もデカい風呂を独り占めしたいって考えて。あの、何か勘違いさせてたかもしれない。ごめん」
俺の弁解を聞いた二人はそれぞれ深いため息を吐いて『やれやれ』と言いたげな顔をしている。
「まったく、やれやれだな」
言われた。
「ホントにね。トールは『やれやれ者』だよ」
なにそれ。
「二人はどういうふうに考えてた?」
「お前の希望は大きいベッドと風呂だろう?それはつまり、みんなで一緒に寝たり入浴したいのかと」
俺は下心満載のドスケベ野郎と思われていたらしい。泣きたい。いや、たしかに初対面のあの日、数分間だけは下心満載の下衆だったが。
「勘違いさせてごめん」
「うーん、まあ仕方ないよ。あーあ、おしゃべりしながら一緒に寝られると思って楽しみにしてたのになぁ」
要は修学旅行のノリか。勘違いをしていたということは、俺が受け入れられているということだろう。男だと思われていないのか、何もしないと信頼されているのかはよくわからんが、少なくとも嫌がられてはいないらしい。
「んー、じゃあ、二人がいいなら俺もそこのベッドで寝させてもらおうかな。話してたらいつの間にか眠くなってるかもしれないし。さすがに風呂は一人で入らせてもらうけど」
これはこれで緊張して眠れなくなるかもしれないが、その時はソファーにでも移動しよう。
「トールならそう言うって信じてたよ!でも、珍しくリーフちゃんの勘ハズレてたね」
「なんだって?」
「お前がわたし達と寝床や風呂を共に過ごしたがっているという推理をしたのはリーフだ」
「リーフの中で俺はどんな人間なんだ……」
帰宅したらちょっと問い詰めよう。
「それじゃ早速お湯貯める?それとも晩ごはんにする?」
「まずメシにしよう。一旦下に降りて厨房があるか確認したいな。ここで提供されたものは冷凍食品が多いと思うから、ちゃんとした調理場ではないと思うけど」
「部屋はこれだけ上質なのに、配膳される料理は出来合いのものとは不思議この上ないな」
言われてみればたしかに。
そのままの流れで他の部屋も探索しながら俺たちは初めてのラブホテルを堪能した。堪能の仕方間違ってるけど。