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逆異世界転移物語 〜エルフ・ドワーフ・魔法使いと地球でゆるくぬるく暮らす物語〜  作者: シンドー・ケンイチ
第四章 「手をとりあって」
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「手をとりあって」part11

「白鳥は美しいな。わたしの世界にもいるらしいが、見るのは初めてだ」

「そんなら、ここに来てよかったな」

「うん」


 いくつか興味のある本を抱えて現れたルルを伴い、オリサリクエストの湖へと車を走らせた。適当に車を止めて湖畔の道を歩く。湖と歩道の間には芝生が茂っており、それがいい塩梅なのか白鳥だけでなくコクチョウや鴨、アヒルがそこかしこに営巣している。


「なかなか大きいのだな……。うむ。間違いない。リーフは食いでがあると喜んで食べるだろうな」

「だよね!」

「この絶大な信頼具合よ」


 俺にしたのと同じことをルルにも問うた結果がこの返答だった。動物はみんな容赦なく食う。この信頼が果たしていいのか悪いのか。

 一周で何キロくらいあるのかはわからないけど、けっこうな距離を歩いてきた。水面は時折跳ねる魚の起こした波紋に揺れている。湖畔の白鳥たちは晩冬の日差しを浴びて気持ちよさそうだ。元々ジョギングや散歩で人通りの多い道だった故に、久しぶりに遭遇した人間にも特に警戒する様子はない。アスファルトの道をペタペタ歩くものもいるが、いずれも『しばらく見なかった生き物がこっちを見ているが興味はない』といった無警戒っぷりだ。


「近づいても逃げたりしないかな?」

「突かれても知らんぞ」

「そ、そうか。触ってみたかったが無理か……」


 ルルは遠くで見るだけでは我慢できないらしい。


「んー、近くに行くだけ行ってみたらどうだ?触れそうなら触る、無理そうなら引き返してくるってことで」

「んじゃ行こう、ルルちゃん!」

「あ、ああ」


 早速オリサがルルの手を引き、座って休む白鳥の元へ向かっていく。接近に気づいた白鳥が長い首を持ち上げ二人の方を見つめる。オリサの影に隠れるように歩いていたルルの腰が反射的に引ける。

 どうにもルルは動物と触れ合ったことがあまりないのか、興味はあるものの恐怖心と五分五分といった印象だ。触れ合う機会がなかったから是非触ってみたい。でも怖い。でも触りたい。そんなせめぎ合いの只中(ただなか)にいるらしい。


「大丈夫だって、たぶん。おいで~」


 オリサの声に反応したのかは定かでないが、白鳥が立ち上がる。

 何か食べ物でも持ってくればよかったな。コンビニで食パンでも回収してくれば餌付けできたのに。明日また来ようか。ルルも喜びそうだ。


「おお、近くで見るとだいぶ大きい……」


 ルルがそろりそろりと近づいていく。当の白鳥は二人をじっと見つめたまま動かない。二人がゆっくりと手を出した。あと半歩ほどで触れる、それほどまで接近したところで……。


「プアッ!」


 短い鳴き声とともに白鳥が一瞬羽を広げて閉じた。その場に留まっているが、威嚇してきているようにしか見えない。

 オリサも歩みを止める。ルルは驚いて一瞬飛び上がったようにも見えた。


「いまのは威嚇だよ、な……?やめておこうか?」

「うん、そうだね。このまま下がったほうがいいかも」


 その場で短い打ち合わせをして方針が決まった瞬間、白鳥が再び鳴き声を上げた。


「プアァァッ!!」


 先程より長く鳴き声を上げ、翼を広げたままオリサたちに向かって走り出した。どうやら先程の威嚇で消えなかったことが気に食わないらしい。


「おわぁっ!オリサ、どうする!」

「下がって下がって!」


 そう言って二人とも白鳥に背を向けて走り出す。

 近づきすぎて怒らせちゃったか。悪いことしたな。警戒されてるだろうし、さっさと撤収したほうがいいな。そんなことを考えていたら二人とも目の前まで戻ってきた。


「お疲れ。残念だったな」

「もしかして、白鳥はわたしより大きいのではないか?」


 大きさは知らないがそう見えても仕方ないな。


「プアァァッ!!」


 あれ?二人の後ろを見るとやや遅れて白鳥が付いてきている。羽を広げて大きな声で鳴き声を上げたまま。

 でかっ!え、案外怖いぞ。


「逃げろ!」

「まだ走るのか!」

「案外執念深いねぇ」

「プアァァッ!!」


 あとになって考えれば、別に肉食獣じゃないのだから必死になる必要もなかったかもしれない。だがやはり羽を広げた白鳥が迫ってくるのは怖い。俺たちは百メートルほど走ったところで立ち止まった。白鳥は遥か後方でこちらを見ている。俺たちが背を向けて走り出した直後には追跡をやめていたらしい。


「あの体の大きさだから鳴き声もデカいな」

「迫力あったね」

「こ、怖かった……」


 大した距離を走ったわけでもないし全力疾走でもなかったが、ずっと緊張していたルルにはいまの逃走劇の負担はかなり大きかったらしい。


「まさか白鳥に追いかけられて走って逃げるなんてな。ふふふ、あはははは!ああ、三人揃って間抜けなことだ」

「へへ、そうだね」

「だな」


 たしかに、誰かに見られたら恥ずかしくてたまらない姿だ。先程の自分たちの情けない姿を思い出し、俺たちはしばらく笑った。


「ふう。あの柔らかそうな体を抱きしめてみたかったのだがやめておこう」


 確かに抱き心地が良さそうなフワフワボディだ。


「今度リーフちゃんに通訳お願いしたら?」


 名案だな。白鳥って渡り鳥だから、その頃までここに居てくれるか否かなんとも言えないけど。


「お疲れ。太陽も沈み始めたから、宿を探して休むか」


 途中のコンビニで夕飯も確保してあるし、気楽に探せばいいだろう。


「ああ。早く風呂に入って一杯やりたい」


 目的は達成できなかったが、ルルは満足気だった。

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