「手をとりあって」part9
「着いた……」
あっという間に我が母校に到着した。校門前に車を止め校舎を眺める。ここに来たところで何をするのかという自問自答で、どうにも口の中に苦いものがこみ上げてくるような気がしてしまう。
「中に入るのは……やめておくか?」
「駅ビルって言ったっけ?あっちの大きい建物の中をお散歩したほうが楽しいかもしれないよ……?」
俺の声音から心情を察したのであろう二人が気を利かせてくれる。だがせっかく来たのだし、やはり少しは散策していきたい。
「いや、大丈夫。けどまあ、やることもないし軽く散歩するだけでいいかな」
門を開け敷地内へと車を進めた。
「トールには悪いが、これだけ大きな建物はやはり興奮する。大量の窓ガラス、各部屋に並ぶ同じ机と椅子、巨大な黒板……こんな施設が国に一つなどではなく町に複数あるのだろう。様々な点で技術が進歩しているわけだな」
普段はオリサがはしゃぐのを引き止める立場だが、こういった場所に来ると散歩に出た子犬のようになってしまう。精一杯俺に気遣ってくれるのも含めてなんとも微笑ましい。
「気になるところがあるなら自由に見てきていいぞ。車に戻るときはでかい声で呼ぶから」
「これだけの大きさだと声が届かないかもしれんな」
「ならあたしが思いっきり風を吹かせるよ!そしたら気づくでしょ?わかったら車に戻るとか」
ガラスが割れやしないか心配なのでやめてほしい。
「俺が嫌だから雨にしよう」
「りょーかい!」
「わかった。時々外を見るようにする」
「それと、図書室は隣の建物の三階、一番端にあるから。建物の移動にはこの階段を登ってすぐに建物と建物をつなぐ通路があるんでそれを使うといいぞ」
「よくわたしが一番行きたいところがわかったな」
それは冗談で言ってるのか?
見るからにウキウキした足取りのルルを送り出し、俺とオリサは俺の学んだ教室に向かって歩きだした。
「なんか、おっきい建物に人がぜんぜんいないのって変な感じだね」
「勉強がない日でもたいてい誰かしらはいるはずだもんなぁ」
たしかに、誰かいるはずの空間に人の気配がないのは妙な気分だ。だからこそ、夜、無人の学校には不気味な印象が生まれるのだろうか。怪談が生まれるのも致し方なしか。
「その人達は休みの日なのに何をしてたの?」
「生徒は部活、先生は仕事をいろいろって感じかな。俺も休みの日に来て練習してたし」
「ブカツ?」
ああ、わかるはずもないか。階段を登りながら解説する。
「勉強とは別の活動だな。スポーツの練習とか、音楽の練習とか、お茶を上手に作る練習とか。あとは何だ?あー、きれいな字を書く練習とかかな。俺は空手ってスポーツをやってた」
「へー。それってどんなスポーツ?走ったり、ボールを使ったり?あたしにもできるかな?」
オリサに向いているとは思えないな。
「走らないしボールも使わない。というか、道具は一切使わない。使うのは自分の手足。身体を鍛えて戦う武術っていう種類のスポーツだな」
まったく知らない人に解説するのも難しいもんだ。
「この世界って平和そうだったけど、野盗とかよく出るの……?」
やっぱり勘違いされた!
「そうじゃなくてだな、今は野盗なんていない、いや、『今』はもちろんいないか。この時代にはいなかった。ただ、身体を鍛えて強くなりたいって気持ちは男ならいつの時代の人も持ってるんじゃないかな」
爽やかな競技に比べたら『なんでそんな野蛮な運動を?』という印象を抱かれるのもよく分かる。ただ、こればかりはやってみないと面白さはわからないから説明も難しい。俺自身はチームでスポーツをやるほうがむしろ苦手なので、こういう個人競技の方が好きだ。
「んー、よくわかんないけど、トールはそれを熱心に練習してたんだ。楽しかった?」
「ああ。好きだからな」
「あたしはよくわかんないけど、楽しかったならそれが一番だね」
「まあ練習で相手の蹴りが顔面に入って目の上が腫れたり、俺が当てちゃって鼻血を出させたりとか気をつけても怪我が絶えないスポーツだけど。でも、今思えばいい思い出だよ」
「ねえっ!それって本当にスポーツ!?あたしがわからないからってウソ言ってない!?どう頑張ってもいい思い出にならないよ?ホントに楽しい?痛いだけじゃない!?」
失言だった。楽しい思い出に聞こえるわけがないわな。