「手をとりあって」part8
「今日は酒飲まないのか?」
休憩に立ち寄ったコンビニの駐車場で並んで缶コーヒーを飲むルルに聞いてみた。珍しいことに今日はまだ飲酒している姿を見ていない。
「お前がずっと運転するのにわたしだけ酒を堪能していては申し訳ないからな」
義理堅いやつだな。
「そんなの気にしなくていいのに。酒を羨ましいとも思ってないし」
「酒は逃げないから宿でゆっくり飲むさ。どうだトール、今夜、宿で一緒に飲まないか?」
「誰にも怒られなくてもやっぱ気分悪いしな。二十歳になるまで、あと一年ちょい待ってくれ」
「わかった、無理強いはしない。その日が来るのが楽しみだ。なに、一年などあっという間だ」
笑顔でそう答えるルルだが、そんなにすぐだろうか。
「そういえばさ、ドワーフって酒を飲んでいい年齢ってあるの?この国は二十歳だけど」
神様いわく、他の国はもっと若いのだとか。
「わたしの村はそのような決まりは特になかったな。わたしが飲みだしたのはいつだっただろう。あれはたしか三十手前くらいだったか……」
聞き間違いか?
「何歳?」
「三十歳の少し前だったと思う。しばらく前だから忘れてしまったが」
「は?さんじゅっさい!?しばらく前?」
「うるさいぞ。どうした。大きな声を出して」
「お前いま何歳なの?」
どう見ても小学生なのだが。
「六十一歳だ」
「は?嘘だろ!?婆ちゃんじゃん!どう見ても十歳だろ!」
身長から考えるとそのくらいが妥当だ。
「ば、馬鹿にするな!ドワーフはお前たち人間の優に三倍は生きる。人間の年齢で言うとわたしはお前のやや年上程度だ。むしろ、小さい頃から背が高かったせいでいつも年上に見られていたんだぞ!子供扱いなどこの世界に来て生まれて初めて受けた!まったく、女に年齢を聞くときはもっと言葉に注意しろ」
心底驚いた。妹とか親戚の女の子という感覚だったのに、親より年上だなんて予想外すぎる。
「ねえねえルルちゃん、このチョコおいしいよー!食べてみてよ」
新しいお菓子に出会ってご機嫌なオリサが店から出てきた。
「お婆ちゃん、血糖値大丈夫?」
瞬間、ルルが持っていたスチール缶を真顔のまま握りつぶした。更に両手で二度三度と圧縮する。一呼吸とおかず、コーヒー缶は親指の爪ほどの大きさの塊に姿を変えた。ルルはそれを静かに捨てると右の口角を持ち上げ不敵な笑みを浮かべる。
俺の足元でコーヒー缶だったものが転がる音がする。
「ごめんなさい」
「かわいい坊やを抱きしめてやろうか。口から腸が飛び出ても後悔するなよ?」
「ごめんなさい、調子乗りました。ベアハッグは勘弁してください。マジでトラウマなんです」
「ふふふ、遠慮するな」
「どしたの?」
ニヤリと笑い両手を広げ不知火型でジリジリと俺に近づくルル、それに対し跪いて許しを請う俺をオリサが不思議そうに見つめていた。
・・・・・・・・・・・・
「おルル様、どうぞお構いなくおビールでもおワインでもお飲みになっておくんなまし」
「トール、日本語変だよ?アタマ大丈夫?」
出発したものの、ルルとの会話がなくなってしまったことに慄く情けない俺。全面的に俺が悪いのだが。
「別に怒っていないから心配するな。前を見て安全に運転してくれればそれでいい。遠出に興奮して調子に乗ったか?仕方のないやつだ。それと、忠告しておくがリーフに同じことを言うなよ。眉間に矢が飛んできても文句は言えないぞ」
「エルフは年の話に厳しいのか?」
「そうじゃない。見ていてわかると思うがリーフは随分落ち着きがあるだろう。要所で知識と経験の豊かさが伝わってくる。おそらくわたしより更に年上だぞ。百歳を超えているかもしれんな」
危うくハンドル操作をミスしそうになる。
「へー、リーフちゃん頼りになると思ったら年上だったんだ。今度、何歳か聞いてみよっと」
年上にも限度があるだろ。
「百歳!?え、どういうことだ?エルフって平均寿命どのぐらいなんだ?」
「ない」
「は?」
会話が気になり運転が危うくなってきたので車を止め、後部座席に座るルルを見た。
「どゆこと?」
「エルフには寿命がないそうだ。外傷で肉体的な負担が限度を超えると死ぬらしいが、寿命じゃ死なない。肉体の成長は頂点を迎えたところで止まり、老化はしないらしいぞ」
「そういえば、家畜を飼い始めたときに『年甲斐もなくわくわくした』とか言ってた」
「言ってたね。リーフちゃんすごいなぁ。白髪もシワもぜんぜんなくてお肌スベスベだもんね」
「老化しないからな。もっとも美しい時間で止まっているはずだ。だから、何歳なのかはわたしもわからん。あの姿で既に百年や百五十年と生きているかもしれないぞ。年齢のことでしょうもない冗談は言わないことだ。笑えないぞ」
「はい」
一緒に過ごして少し気が緩んでいた。今後は気をつけよう。
運転に戻ろうとしたところでオリサと目が合った。
「ヒミツ!」
「聞こうともしてなかった」
気になるけど余計なことは聞かないでおこう。笑顔のオリサをよそにハンドルを握りしめた。