「手をとりあって」part7
「この道、ルルは二回目だな」
家を出た俺達はまず手始めに俺の母校へ行くことにした。電車で一時間弱、車ではもう少し短いくらいだろうか。信号待ちなどがないので、自損事故に気をつけて程々の速度ならあっという間の距離だろう。以前、ルルを工業高校へ送り届けた際にも走ったし、単純な道だから特に困ることもない。かといって油断は禁物だが。
「お前と移動する、という意味ではそうだな。ほとんど道なりだったおかげで帰りも一人で迷わずに帰れた」
「すごいよね。そんなに簡単な道なの?」
「そうだな。ほとんど真っ直ぐだ。ちょっと待て、地図を見せてやる」
バックミラーでルルを見るとタブレットを操作している。いつの間にか我が家にあったものを使いこなせるようになっていて度肝を抜かれた。ボタンが沢山付いている機械より、タッチパネルの機械の方が操作が簡単らしい。カバーのおかげでアレルギー症状が出ることもない。いつも情報収集のためにタブレットを持ち歩くようになったが、わからないことがあればまず調べる習慣、彼女はこの世界に生まれていたら研究者になっていたかもな。
「ほら、この赤い丸がわたし達で、これから通る道がこの青い線だ。ほとんど曲がらずにまっすぐだろう?」
「ほんとだ。でも、一回通っただけで帰ってこられるんだからルルちゃんすごいよ」
「あの日は驚いたな」
「わたしも帰ってから驚きすぎて死にそうになったがな」
「災難だったよねぇ」
「まったくだ」
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家を出て三十分が経とうとしていた。あと十分もすれば我が母校だろう。信号にも対向車にも歩行者にも気を使わないドライブは大変順調なもので、思っていたよりも早く着けそうだった。このままゴールまで飛ばしてしまってもいいのだが次にコンビニが見えたら休憩しようと考えている。俺自身の集中力のためでもあるが、車での長距離移動に慣れていない二人が酔わないようにという意味もある。
スピーカーからは相も変わらず同じバンドの曲が流れてきている。だって好きだし。そういえば『ラプソディ』ってどんな意味だろう。
「トールはこの人達の歌好きだね。あたしも聞いてて楽しい気分になるし好きだなぁ。あの『今は私を止めないで!』って言ってる歌とかノリが良くて好きだよ」
「いい趣味してるじゃん。嬉しいなぁ。俺は今流れてるこの歌が特に好きでさ。そこのCDケースの中に歌詞カードあるからゆっくり読むといいよ」
「日本語のところだけは元気に歌うのにねぇ。どらどら、これかな」
「英語の発音に自信がないんだよ……」
「そうなんだ。そんなに気にしなくていいのに。えっと、トールが好きな歌は"Teo Torriatte"か。ん?『r』が一個多い。これが歌詞だね、うんうん。ちゃんと聞き取れてた。いい言葉だよね」
「あれ、お前英語わかるの?」
「わたしもわかるぞ。オリサから聞いていただろう。神様の力でこの世界の言葉を習得していると」
わかるのはてっきり日本語だけだと思っていた。俺は中学校から六年間勉強してショボいスキルしかない英語を、彼女たちはこの世界に来た瞬間から完璧に話せるのか。もはや敗北感も湧いてこない。
「まあ、そんなに気を落とすな」
露骨にショックを受けていたらルルに慰められてしまった。
「あ、これがあたしの好きな曲だ。書いたのはフレディさん。へ~。サンバァディ・トゥ・ラァヴ!はい、トール」
「え!?」
「歌って!」
「フレディみたいには歌えないぞ。んん、サムバディ、トゥー、ラーブ、ファインド」
「サンバァディ!」
ルルまで乗ってきた。
「サンバディ・トゥーウウーウ」
「サンバァディ・トゥゥゥゥ・ラァァヴ!へへ、いいねぇ。この歌お気に入り」
俺はちょっと恥ずかしかったけど、視界の端でオリサが浮かべる満面の笑みを見ればそんなの些細なことだろう。嬉しそうなオリサの様子にわずかに鼓動が速まったのを感じながらコンビニの駐車場へと車を進めた。
出典
Mercury, Freddie. (1976). Somebody to Love
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元ネタ集
・トールくんの好きなバンド
0章の時点でわかった人もいたようですが、イギリスの伝説的ロックバンドQueenです。ここで出てきた曲は"Don't stop me now" "Somebody to love"そして章タイトルにもなっている"Teo Torriatte"。どれも超名曲なのでぜひお聞きください。
・オリサちゃんのお気に入り"Somebody to love"は検索すると和訳付きの動画も見つかります。三章で語った「故郷にいても楽しくなかった」こととこの曲が好きだということをあわせると彼女のことがわかるかも?