「手をとりあって」part6
「トールさんの声が聞こえたため気になり来てしまいました。もし寝言であれば起こしてしまうかもしれないとは思ったのですが」
モソモソ喋った独り言だったけど隣の部屋なので響いてしまったのかもしれない。悪いことをした。
「リーフが夢に出てくれたら寝起きはさぞや気分がいいだろうね」
肉に情熱を注いで狂乱の笑い声を上げているモードでなければ、と心中で付け足す。
「ふふ、お上手ですこと。わたくしが来る前は何をお考えでしたか?」
リーフは神様同様に心を読んでいるのでは、そう思うほど観察眼に優れているときがある。女神の如き神秘的な雰囲気がその考えに説得力を持たせる。この質問はつまり俺が今夜も余計な考え事をして寝付けないのではないかということを気にしてくれているのだ。
「俺の心を読んだ?」
「どうでしょうか。トールさんの様子から読み取ることは大変容易ですけれども」
これ以上冗談で返しても会話が面白くなる要素など欠片ほども存在しそうにない。
「ふぅ。気づいているようだけど、また考え事をしてたよ。明日、リーフを置いて行っちゃって本当にいいのかって。リーフ、君が嘘を吐くことはないと思うけど、やっぱり気を遣わせているんじゃないかってちょっと心配なんだ」
「僭越ながら申し上げますと、トールさんは気を遣い過ぎるきらいがあるように感じます。それは一見すると他者を第一に考えられる優しさでしょう。しかしその優しさを向けられた相手の気持ちも共に考えてはいかがでしょう?」
「相手の、気持ち……?」
「はい。明日、わたくしを置いて出かけることにお悩みなのですね?お気遣いありがとうございます。では、それに対してわたくしはどう思っているでしょうか?」
リーフの想い……。
心配なんて要らない、とか?でもそんなの俺の願望かもしれないし。俺に都合のいい妄想かもしれない。いや、リーフは本当にそう思ってくれる心の持ち主だと思うけど。でも……。なんだかおかしな方に向かっていろいろと悩んでしまう。
「トールさん、答えは簡単です。みなさんに楽しんできてほしい。みなさんに笑顔溢れる人生を歩んでほしい。わたくしはそのお手伝いをしたい。足手まといになどなりたくはない。それこそがわたくしの願い、わたくしの思い。言葉にしていない、心の中の深い位置に秘めたる思いなど微塵もありません。トールさん、わたくしは皆さんを送り出した後に孤独で後悔するような、か弱いエルフではありません。みなさんを送り出してから遠出を妬むほど矮小なエルフでもありません。わたくしはトールさんにゆっくりと休んでいただきたい、それだけなのです。大丈夫、きっといい休暇になります。大丈夫、わたくしを信じてください」
そう言ってリーフは俺の頭を両の掌で包み、額に優しく口付けをした。
「リ、リーフ!?」
突然のことに驚いてしまう。
「おやすみなさい、トールさん。さあ、横になってください」
ああ、彼女を女神のようだと思ったのは間違いじゃなかったようだ。室内灯に照らされて黄金の髪がどんな宝石よりも美しく神々しく輝く。ベッドに腰掛け俺の手を握りしめてくれる。青い瞳が優しく微笑んだ。
「目を閉じて、ゆっくりと呼吸をして、そうです。余計なことを考えそうになったら、そうですね、数字を数えましょう。難しいことは頭から出して……」
リーフの教えが効いたのか、手を握ってくれる安心感からか、いつもよりずっと早く呆気ないほどに容易く眠気が訪れた。
呼吸に合わせた優しいリズムでリーフの指先が俺の肩を軽くノックする。
「リー……フ、ありが……とう」
「こちらこそ」
「ありが……とう」
「はい」
「リーフ……、きみ、は……、めがみ、さま……?」
「ふふ、ありがとうございます」
俺は安心感と心地よさの中で眠りについた。
子供を寝かしつけるように、リーフがゆっくりと頭を撫でてくれるのを感じながら。