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逆異世界転移物語 〜エルフ・ドワーフ・魔法使いと地球でゆるくぬるく暮らす物語〜  作者: シンドー・ケンイチ
第四章 「手をとりあって」
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「手をとりあって」part3

「実は最近、横になってもしばらく寝付けないんだよ。眠れないまま二時間とか三時間とか時間が経ってて」


 ここ数日、どういうわけか不眠気味なのだ。それに寝ている間も休んだ心地がしない。


「嫌な夢を見たりはしませんか?毎食、草しか食べられない夢とか」

「『嫌な夢』の基準が独自すぎない?あー、うん。まあそうだな」


 確かに、最近は嫌な夢ばかり見る。それが悩みになりつつあるのは事実だ。


「ねえトール、嫌じゃなければ詳しく教えて?」

「……そうだな。これを話すとみんなに悪いかと思ってたんだけど、心配させたら意味ないよな」


 そう言って三人に視線を送った。三人とも俺の次の言葉を待っているようだ。


「みんながうちに来て生活も安定してきただろ?世界に俺一人になったって言われても、図書館に行こう!野菜を作ろう!工業高校に行こう!家畜を飼おう!家畜の世話をしよう!世話の仕方を覚えよう!って立て続けに何かしら新しくやることとか覚えることがあって忙しかったから、世界のことなんかあんまり考える余裕がなかったわけだよ。生活もせいぜい隣町までの狭い範囲だけで終わってるし。でも、家畜の世話にも慣れ始めて余裕ができたんだろうな。急に考えちゃったんだ……。家族とか友達とか、これからの俺の人生とか。本当なら俺は今日、高校を卒業して来月には大学に進学する予定だったわけだ。大学はもっと都会だから部屋を借りて一人暮らしをして、色んな人と出会って新しい生活をする予定だった。もしこの世界があのままだったら、俺の人生はどうなっていたんだろうなって思って。他にも、本当に世界には俺しかいないのかとか。俺を助けてくれる三人にこんな話をするのは悪いし、余計なこと考えるべきじゃないとか自分に言い聞かせたり。布団の中で延々そんなこと考えてた。それでやっと眠れたと思ったら、今度は夢の中で親とか妹とか学校の友達とか出てくるし。みんなに会って『なんだ、世界はいつもどおりじゃん』って思ったら目が覚めて。あ、オリサ達と一緒にいるのが嫌なわけじゃないんだ、本当に!でも……、うん、なんて言えばいいかわからないけど、三人ともこんなこと聞かされて困ってるだろうけど……、あー、んー、たしかにそれが理由で最近あんま眠れてなくて調子悪いかもしれない」


 とにかく思いつくままに話したから、わかりにくい説明になっているだろう。だが心配してくれている彼女たちに隠し事をするわけにもいかない。気をつけて話したつもりだが、嫌な気分にさせていないだろうか。不安だ。彼女たちは何も悪くない。ただ、俺の問題なんだ。

 カップの黒い液体に映る自分自身と目を合わせたまま、俺は仲間の顔を見ることができずにいる。まだ手を付けてはいないのに湯気は消え失せてしまった。

 沈黙。ただ秒針が進む音だけが聞こえる。どんな顔をすればいいだろう。みんなは今俺の方を見ているのだろうか。


「よし!なら、こうしよう!」


 威勢のいい声に驚き顔を上げたらオリサと目が合った。その目は冒険を前にした子供のようなワクワク感に満ちているのが伝わってきた。彼女がこの世界に来たばかりのときの目だ。


「何だ?」

「何か考えがあるのですか?」


 ルルとリーフが困惑の色を浮かべて問いかけた。


「あたしはトールを楽しませる!トール、何がしたい?もともとやりたかったこと!いま、だーれもいないこの世界でやってみたいこと!誰も居なくなっちゃったからこそ、この世界でやりたいこと。『みんなが異世界に行っちゃったので、俺がこの世界を独占させていただきます』って!そのぐらい言っちゃえばいいんだよ。やりたいこと何かない?行きたいとこは?あたし、なんでも付き合うよ!あ、でもまあ、移動するときはトールに運転してもらうんだけどね」


 へへ、と笑ってオリサは宣言した。


「お前がいろいろ行きたいだけじゃないのか?」


 ルルが冷静に指摘したが、その声はどこか楽しげだ。


「トールさんを悩ませる問題の根本的な解決は難しいかもしれません。しかし、オリサさんがおっしゃったこと、つまり新しい思い出を作るのは非常にいいですね。トールさんはどう思われますか」


 そんなの決まってる。


「そうだな。たまには俺のわがままに付き合ってもらおうか」

「そうこなくっちゃ!よかった~、みんな困った顔してるからあたしが頑張らなきゃって思ったんだ。魔法使いは優れた頭脳で勝負!」

「そうなのか?」

「そうなの!ルルちゃんあたしをどう見てるのさ!」


 自分では大丈夫だと思っていたが、ずいぶん心配かけてしまった。


「心配かけたな。みんな、ごめん」

「やめろ」


 謝罪しつつ頭を下げたらルルに静止された。腕を組み、眉間に皺を寄せている。


「え?」

「お前が調子を崩すのなんて当然の境遇だろうが。世界が死んだに等しく、なんの非もないのに孤独に放り込まれたのだぞ。むしろ今までよく持ちこたえたほうだろう。何を謝ることがある。謝罪するのはお前の失敗で周りに迷惑をかけたときだけだ。今の謝罪は断じて受け入れん!」


 イケメンだな。


「ルルちゃんかっこいー!」

「実に雄々しいです」

「わたしは女だ!」

「ふふ」


 三人のやり取りについ笑ってしまった。そうだ。心強い味方がいるんだ。もっと自由にこの世界を堪能してもいいのかもしれない。


「みんな、ありがとう」

「うん!そんじゃさ、トールが何をしたいのか考えよっか」

「掃除をして、動物の世話をしてからだな。作業しながら考えとくから」

「へ~い」

「それではお掃除をして厩舎へ向かいましょう」

「うむ、今日の担当はどうだったか」

「俺が一階のモップがけでオリサが二階のモップがけ、ルルがトイレ掃除、リーフがバスタブ掃除だな」


 リビングの端に置かれた、農業高校から拝借したキャスター付きのホワイトボードには朝食後の仕事内容が書かれ、その隣には俺達の名前を書いたマグネットが貼ってある。仕事は日替わりだ。


「今日もがんばろー!おー!」


 さて、いつもの生活の始まりだ。

元ネタ集


・『みんなが異世界に行っちゃったので、俺がこの世界を独占させていただきます』

 昔の週刊プロレス誌、故・ジャイアント馬場さんとともに書かれたコピー「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」より。

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