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第九章「ユリの帰還」part13

「ちょっとこっち向け」

「なに……?」


 オリサの瞳を見据えて言葉を続けた。


「もう一度聞くけど、本当に元の世界に帰った方がいいって思ってるのか?」

「……うん」


 一瞬、唇を軽く噛んだオリサが力なく答える。

 

「もし今すぐ帰ることになっても、後悔はないか?」

「……ない、よ」

「そうか……」


 俯いてしまったオリサと距離を詰め、そっと肩を抱き寄せた。


「あ、トール……?」

「オリサ……聞いてほしいことがあるんだ」

「な、なに、急に?あの、さ、寒くなっちゃったなら、あの、炎を強くしてあげよっか?」

「オリサ、聞いてくれ。真面目な話なんだ」


 まっすぐ常盤色の目を見据えて言葉を続ける。柔らかい頬に触れ顎を少し持ち上げ、俺の顔を正面から見つめさせる。


「えっ、あの、な、なに?」

「オリサ、実は俺な……」

「うん……」

「嘘吐くやつが嫌いなんだよ!」

「んごが!()ほーる(トール)あな(はな)あなうるひぃ(鼻苦しい)ほーる(トール)!」

「お前、元の世界にいた頃毎日つまんなかったとか言ってただろうが!今は毎日幸せって言ってただろ!帰った方がいいとか嘘吐くなよ!」

「んががが、わ、わがっだ(わかった)、う、うぞ(うそ)んぞづいだ(うそついた)わがったがらあなじで(わかったからはなして)!」


 バタバタと暴れるオリサの鼻を解放してやる。あ、指に鼻水付いた。


「ゔー、鼻がぁ、あ、鼻水拭かないでよ!」

「気のせい気のせい」


 全然気のせいじゃないけど。オリサの羽織るパーカーで指先の物体を拭きとる。よし、きれいになった。


「もう、いきなりひどいじゃん!」

「何が?」

「いきなり鼻摘んだこと!なんなのさ!怒るよ!?」

「鼻ダメだったか。なら乳首だったらセーフ?」

「ダメに決まってんじゃん!なんでそうなるのさ!」


 ピーピー音を立て頭から湯気を出しそうなほどに怒ってる。オリサがこんなに怒るのは珍しいな。


「いやー、前に俺がつい嘘吐いちゃったときにさ、嘘が嫌いな知り合いに乳首を千切られそうになったんだよな」

「え?……あ!」


 初めての旅行の夜を思い出したのか、先ほどとは打って変わってケラケラと笑い出した。


「そっかそっか!あー、あたしが言ったことか」

「思い出したな」

「うん。あれはもう五か月前だっけ。懐かしいね」

「だな」

「あたしは乳首を引っ張ったのに、トール優しいね」

「鼻を思いっきり摘むのって優しいか?お前あのとき引っ張ったどころか捻ってたよ。お陰で俺の乳首、右だけ1.5ミリ長くなっちまったんだぞ」

「え!?ウソ!ごめん!」

「嘘だけど」

「ちょっと!!」


 本当に、こいつはパスした冗談を全部拾ってくれるな。


「元気出たか?」

「へへ、ありがとう。トールはいいヤツだね」

「だろ?」

「うん、ホントにいいやつだ。こんなにいいヤツと毎日一緒にいられるのに、全然楽しくない世界に帰るとかバカなこと言った子がいるらしいよ?」

「そうかぁ。そいつぁ控えめに言ってバカだな」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。

 波の音だけが存在していた静かな夜に、俺たちの笑い声がどこまでも響き渡った。


「帰んなよ」

「うん」

「ユリの誕生日に俺が泣き出したとき、お前は一緒に泣いてくれたよな」

「なんか、よくわかんないけど泣いちゃった」

「俺が夜中に飛び起きたとき、文句一つ言わないで汗でびしょびしょのベッドを掃除したり、話を聞いてくれたりしたな」

「一緒にお風呂入ったの、けっこう緊張してた」


 そうだったのか。あっけらかんとしてるように見えたけど、隠すの上手いな。


「俺が不安で大泣きしたとき、優しく抱きしめてくれたな」

「そうだね」

「ありがとうな」

「うん……」

「オリサ」

「うん?」

「本当に感謝してるよ」

「て、照れちゃうよ」

「お前が国に帰りたいって言って、俺が素直に見送ると思うか?」

「引き止めて……くれるってこと?」

「当然」

「そんなに思ってくれてると思わなかった」

「俺が泣いてるときお前は『ずっとそばにいる』って言ってくれただろ」

「そっか、そうだよね」

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