第九章「ユリの帰還」part12
「海の近くに座りたいな」
「なら、もう少し近づくか。タオル敷けばいいかな。あ、薪持って行ってあっちにも焚き火作ろう」
「うん!」
ビーチチェアに座って寛ぐのかと思ったら海のそばをリクエストされた。レジャーシート代わりの大判バスタオルと二人分のお茶を持ったオリサの後ろを、新しい薪数本とまだ火のついている薪を持って移動する。敷いたタオルの正面に焚き火を用意して俺も腰掛けた。焚き火とその先にある海を眺める形だ。夏とはいえ夜だし海のそばだから寒いかもしれないと思ったわけだが、実際はそこまででもないな。ま、念の為に焚き火を設置して損はないだろう。
「たくさん話せた?」
「ああ。ありがとな、二人にしてくれて」
「ううん、家族に会えてよかったね」
「ああ。本当に驚いた。あいつも、昼に比べるとだいぶ元気出てた気がする」
「ん?リリちゃん最初から元気じゃなかった?」
たしかにそうなのだが、なんとなく感じるものがあった。
「雰囲気かな。あと、俺と話してるとき、あいつ自分のこと『私』って言ってたし。十五歳の頃は『うち』じゃなかったんだ」
「性格も、トールがたまに話してくれたリリちゃんの感じじゃなかったよね」
「あいつなりに辛いことから自分を守ろうとした結果なのかもしれないな。妹なのにあいつのほうが人生経験豊富になっちまった」
既に十分数奇な人生を歩んでいたのに、年上の妹なんて誰が予想できたよ。
でも、さっきの話でずっと泣いてたって言ってたな。今は元気そうだったけど。
「真面目な顔してどうしたの?」
「さっき話してたんだけど、異世界に行ったばっかの頃は毎日泣いてたらしい」
「そりゃあ、急に説明もなしにそんなことになったらね」
「俺はあいつの兄貴なのに何もしてやれなかったなって」
「だって、そんなの無理でしょ?異世界にいたんだもん。トールが気にすることじゃないよ」
「ああ、頭ではわかってるんだけど……でも、なんか役に立たない兄貴だなって思っちゃって」
「そんなことないよ!だって今日も命がけでリリちゃん助けたじゃん!最後は天ちゃんが助けたかもしれないけど、それってすごいことだよ?どっちかって言うとさ……」
オリサが言葉をつまらせ俯いてしまった。うまく言えないことを整理しているのだろうか。その様子を黙って見守る。
ほんの数秒だったかもしれないし何分も経っていたかもしれない。顔を上げたオリサは海を見つめる。
「ねぇ、トール……」
「どうした?」
いつも美しく輝いている常盤色の瞳は柄にもなく輝きを失っていた。
「なんかあたし役立たずだよね、ごめんね」
「なんだよ、いきなり」
「リーフちゃんはすごく物知りだし、なんでもできるし怪我とか病気の治療もできるよね。ルルちゃんも頭いいし頑張り屋さんだし。動物たちのごはん、ルルちゃんが解決してくれたから旅行できたね。リリちゃんも観察眼すごくてみんなをビックリさせてたでしょ?それに何より、トールの家族だし……。天ちゃんもトールとかリリちゃん助けて……。あたしには魔法がある!って思ったけど、初めて魔法を見せたときはトールを危険な目にあわせちゃった……。暑くなってからは迷惑かけてばっか……。それにさ、トールが海に飛び込んだときあたしが魔法を使えばすぐに助けられたはずなんだよ。魔法なら海を割ってリリちゃんをすぐ助けられたし。なのにあたし……、あたし雷が怖くて動けなかった。ぜんぜん役に立たなかった」
「人には向き不向きがあるよ」
「でも……。結果としてトールもリリちゃんも助かったからよかったけど、もし死んじゃってたらあたし……。あたし、なんもいいところないよ。あたしなんてさ……元の世界に帰っちゃったほうがいいのかも……」
「本気でそう言ってるのか?」
「……うん」