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第九章「ユリの帰還」part11

「どの時期に焦点を当てるかにもよるね。向こうに行ったばっかりの頃は毎日泣いてた。間違いなく、人生で最低サイッアクの期間。だってなぜか自分だけ映画の世界みたいなところにワープしてんだもん。まぁ、こっちに帰ってきたら、逆にお兄ちゃん以外の人が全員ワープしたことを知ったけど」

「俺は俺で、人が全然いないから俺が別の世界に迷い込んだと思ったよ。まさかその逆だとは思わなかったけど」

「でも、私を引き取ってくれたあっちの両親がいい人たちだったんだ。お父さんは船長、お母さんは酒場の主人。お父さんとお母さんって言うよりは、おじいちゃんとおばあちゃんって言ってもおかしくない年だったと思うけど。……子供ができなかったんだって。だから、亡くなる前に『お前は神様が授けてくれた、雪の中に咲くバラのようだ』なんて言ってた。その時は意味がわからなかったけど、今ならわかる」

「その二人の影響で、船に乗ったり酒場に立ったりしたと。がんばったんだな」

「働いてる間は余計なことを考えずに済むからね。だから、何も考えないで必死に働いてた。大変だったけど、でも、間違いなく充実してた。だから、総合して考えると向こうの世界での日々は間違いなく良かったよ」


 笑顔でそう断言した。

 そう思えるならよかった。


「お父さんが亡くなってからは私が船を率いてね。出港と帰港のとき、首から下げた角笛を吹き鳴らすんだよ。船長の証で、お父さんから受け継いだんだ……、あれ?そういえばさ、私が見つかったとき、一緒に角笛見つからなかった?」

「角笛?いや、なかったと思うぞ」


 まず角笛というもの自体を見たことがないので自信がないのだが。


「そっかぁ。大事なものだったけど、あっちの世界に置いてきちゃったってことか。手を伸ばしてなんとか掴んだ記憶はあるけど、その後でまた放しちゃったのかな。まあ仕方ないね。時化の海で溺れたんだから、流されちゃっただろうし」

「よく生きてたな」

「なんでだろうね。神様が助けてくれたんだと思うけど、だったら海に落ちる前に助けてほしかったよ。今まで経験したことがないぐらい急に風の流れが変わって海が荒れ出したんだよね。溺れた後で神様と会話した記憶があるけど、私の部下は全員帰港できたらしいから、まあそれはよかったかな。私の見た夢じゃなければだけど」

「強くなったな」

「環境は人を育てるもんだよ。できれば、うちが生きてるってアイツらに教えてやりたいけど……。さて、そろそろ休もうかね。お客さんを待たせるのは性に合わないし。じゃ、おやすみ」

「は?客?」


 いったい何を言っているのか。


「おまたせ。お兄ちゃんを独り占めして悪かったね」


 数歩歩いたユリが誰と話しているかわからず目を凝らせば、暗がりにはオリサが静かに座っていた。


「驚いた。リリちゃん、よくあたしに気づいたね」

「うちは海の女だからね。海では波の音、風の様子から魚群とか天気とか、いろんなことを感じ取るんだ。静かな夜ならラクショーよ。足音を立てないように気をつけて歩いてくれたんでしょ?ありがとうね。じゃ、おやすみ」

「うん、リリちゃんおやすみ!もう、どこにも行っちゃダメだよ?」

「ふふ、行かないよ」

「なあ、ユリ!」

「ん?」

「また会えて嬉しい!」

「へへ、お兄ちゃんがそんなこと言うと思わなかった。うちも嬉しいよ。あ、夜ふかししすぎんなよ!」


 ユリはオリサの頭を撫でるとビール瓶を手に笑顔で去って行った。


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