第九章「ユリの帰還」part1
「この世界、そんな大変なことになってたんだ」
「みんなに助けてもらってなんとか生活しててさ。今日は旅行で海に来たんだけどそこにお前が現れて仰天だよ」
「うちもビックリ」
「本当にユリなんだよな?」
何回目だろう。
既に二、三回ほど同じ質問をしている気がする。四回目くらいかな。
「その質問、七回目だよ」
まさかの七回目だった。
呆れた様子で返されてしまった。
「マジで、ゆり子だって。まさかこっちじゃ半年しか経ってないなんてね。うち、二十一歳になったのに、お兄ちゃん十八歳のままなんだもん。マジかぁ、浦島太郎だわぁ」
俺達が嵐の海で救助した女性は妹だった。六か月前、他の人たちと一緒に急に姿を消してしまった十五歳の妹が、年上になって帰ってきた。
「妹なのに年上とはこれいかにって感じだな」
「それな!いやー、マジでビックリ」
「それ、髪は染めてんの?」
「んーん、毎日海に出てたら焼けちゃった。肌もこんな黒くなっちゃうしさ。やんなっちゃうよ。ちょっとあの金髪のお姉さんと比べてよ。お姉さんマジ真っ白!」
指名されたリーフがユリのそばに寄って腕を差し出した。
海に出てたってことは南の国に住んでサーフィン三昧だったとか?
「ふふ、これでも多少日に焼けた状態なのですけどね」
「へー、日焼け止め塗らないの?」
「『日焼け止め』?そのようなものがあるのですか?」
「ちゃっとお兄ちゃん!なんで教えてあげないのさ!日焼けしすぎると将来シミになったりすんだから!お兄ちゃんがしっかりしなきゃダメじゃん!ちゃんとしてよ!もう!」
すごく怒られた。そうか、俺はなんとも思わなかったけど、女の人はそういうのも気にするのか。
「つーかさ、お兄ちゃん」
「ん?」
「もうそろそろこの子たち紹介してほしいんだけど。異世界から召喚された人たちってのはわかったけど、今んとこルっちゃんしかわかんないし」
あ、忘れてた。
「すまん、話すこと多すぎて忘れてた」
「トールくん、ひどいじゃないっすか!」
「そーだよ!せっかく妹ちゃんと話してるから黙ってたのに!」
天ちゃんとオリサが畳をペシペシと叩く。なんかさっきから怒られ続けてるな。
「黒髪ちゃん……サオリちゃんだっけ?とかイケメンさんとか、さっきからメッチャ喋りたそうにしてたよ」
「サオリじゃなくてオリサな。えっとそれじゃ――」
「あ、そんじゃさ、名前と一緒にその子達の良いところも教えて」
「はぁ!?」
「いいっすね」
「ふふ、ゆり子さんに押されっぱなしですね」
「面白いからビデオに撮るか」
「いいね、ルルちゃん。撮っちゃえ撮っちゃえ!」
「え、いや、マジで?えぇぇ……」
さっきの感動の対面はどこに行ったんだか。えー、それぞれの良いところだと?
「よし、準備できた。トール、まず誰からだ?」
「オリサさんは最後でしょう」
「そうっすねぇ」
「だな」
「ほえ?なんで?」
「なるほどねぇ。お兄ちゃんがお世話になったみたいで」
「え、うん、たくさんお世話してるけど……」
「これは朗報だね」
なにやら納得した様子のユリが嬉しそうに俺を見る。
「弟が元気そうでお姉ちゃん安心だよ」
「うるせぇ妹。えーっと、それじゃルル。こいつは人間じゃなくてドワーフなんだ」
「わたしはルル。どうぞご別懇に」
「ごべっこん?」
「あれ?下部じゃないのか?」
「しもべ!?ちょっと!あの子とどんな関係なの!?」
激昂した妹にシャツの襟を掴まれた。ユサユサ!と揺すられる、ぬぉぉぉ!酔う、酔う!
「お、俺の時はそういう挨拶だったんだよ!あれがドワーフの挨拶なんだ!」
「お前に言ったとき困った顔をしていたからな。表現を変えたのだ。自分からトラブルの種を撒くとは思わなかったが」
「挨拶なんだ。なら、やましいことはないのね」
「ねぇよ。お前も名前を言って同じ言葉を返すのが挨拶なんだとさ」
「そうなの?えっと、うちはゆり子。どうぞご別懇?にね。よろしく」
「ふふ、よろしく」
「ルルちゃん嬉しそ〜」
「ま、まぁな」
「んで、あの子の良いところはどんなとこ?」
マジで言うのか。急にそんなん聞かれても困るのだが。
「えー、あー、そうだな」
「え、まさかないの?」
「な!そ、そうなのか?」
ルルが驚いた顔で固まってしまった。肩を落として目に見えてしょんぼりしている。こういうときは冗談が通じなくなるんだよなぁ、まったく!
「ある!あるから心配するな!」
「そ、そうか!」
「ねー、まぁだ〜?」
「うるせぇな!あの、ルルは本当に努力家なんだよ。俺たち今日から旅行で海に来てたわけだけど、ルルがいなかったら絶対旅行できなかった。いま家畜飼ってるんだけどさ、ルルが給餌機を用意してくれたんだ。機械はみんなこの世界に来てから初めて見たのに、自分で勉強して覚えてさ。本当にすごいやつなんだ。情にも厚いし。本当に、いつも助けてくれる良いやつだよ」
「そうなんだ。すごいねルっちゃん!」
「あ、ああ、恐縮だ」
「ルルちゃん照れてる」
「真っ赤ですね」
「顔に出やすいんすねぇ」
「お、お前らだっていざ言われたら照れ臭くなるぞ!楽しみに待っていたが、トールはこういうとき真っ直ぐすぎるのだ!」
腕をブンブン振り回しながら抗議している。そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろうに。
「そうかな。思ったままに話したからなぁ。えっと、それじゃ次はリーフ。あ、そうだ。俺が言ったとおりに話してくれ。エレン」
「え、何?エレン?」
「スィーラ」
「スィーラ?」
「ルーメン」
「ルーメン?」
「オメンティエルヴォ」
「え、なに今の。オメン?もう一回」
「オメンティエルヴォ」
「オメンティエルモ?なにこれ?」
「エルフ語の挨拶だよ。前に教えてもらったんだ。くっつけて、エレン、スィーラ、ルーメン、オメンティエルヴォ」
「エレン、スィーラ、ルーメン、オメンティエルヴォ」
「ふふ、お上手です。"Elen síla lúmen' omentielvo." ゆり子さん。わたくしはエルフ族のリーフと申します。お会いできて光栄です。どうぞよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
「ああ、普通に話していいぞ。俺も最初はかなり緊張したけど、リーフ的には楽に話してほしいらしいから。そうだよね?」
「ええ、どうぞ気楽にお話しくださいませ」
「りょーかい。それじゃリっちゃんの良いところはどんなところ?」
一言にまとめると難しいもんだな。
「んー、料理が上手だとかいろいろあるんだけど、とにかくいつも冷静にみんなを助けてくれる所かな。怪我のことも詳しいし、今日だって海で溺れてるお前を助けるときリーフが俺の言いたいことマッハで理解してくれたから、すぐに動けたんだよ。ああ、ルルもだけどな。リーフがいなかったら、この生活はもっと困ってたと思う」
「痛み入ります。ふふ、確かに照れてしまいますね」
「そうなんだ。それじゃ、うちもこれからお世話になると思う。よろしくね!」
「こちらこそ、不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
「不束者って。その様子じゃ、別にお兄ちゃんに迷惑かけたことなんてないでしょ?」
「いえ、皆さんには迷惑をかけてばかりです。以前はトールさんに毎晩マスターベー――」
「リーフ、その話は置いとこうか!」
「お兄ちゃん?え、うちの聞き間違いじゃなければサイテーなことさせてたんじゃない?」
「ちっげぇよ!」
「リーフちゃん、その比喩やめようね」
「ああ、失礼しました。自己満足的な行動を繰り返して迷惑をかけてしまった事がありまして」
最初からそう言ってくれよ……。
「あぁ、そういう意味なのね。マジでビビった。本当ならお兄ちゃんを引っ叩くところだったよ」
オリサに頬を叩かれた日を思い出す。表情を見るにリーフもオリサも同様だったらしい。
「本当に申し訳ございませんでした」
「わかったから」
「ところでトールさん」
「ん?」
「以前お教えしたエルフの言葉を忘れずにいてくださったのですね。とても嬉しいです!」
そう言って三日月型の目で微笑みかける。相変わらずかわいい笑顔だな。
「頑張ったらリーフが笑ってくれるからね」
「キザだねぇ」
「え、なんで?」
「それにしても、リっちゃんの笑顔ズルいくらい可愛いな。んじゃ次の人よろしく」
なんだか腑に落ちないけど仕方がない。