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逆異世界転移物語 〜エルフ・ドワーフ・魔法使いと地球でゆるくぬるく暮らす物語〜  作者: シンドー・ケンイチ
第八章「ガールズ・オブ・サマー」
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「ガールズ・オブ・サマー」番外編

 一人で餌やりはやっぱり忙しいな。三人とも寝不足だし、無理させたくないから仕方ない。


 「よーし、みんなメシ食ったな。美味かったか?後は放牧場のドア開けりゃいいか」


 扉を開けたらゾロゾロと動物達が外に出ていった。運動して木陰で休むのだろう。餌をやったら放牧場に出してしまいその間に厩舎の掃除をするのが我が家のスタイルなのだが、今日は掃除を後回しにしたほうがいいだろう。慌てながら動物たちにエサをやったせいですっかり汗だくだ。頭に巻いていたタオルは既に限界らしく、吸収しきれなかった汗が目元に垂れてくる。


「あちーなぁ。うっわ!タオル絞れるじゃん」


 絞ってみればタオルから追い出された汗がバシャバシャと厩舎の床に落ちる音が響いた。あっという間にずいぶんと水分が出てしまったようだ。

 時計を見れば三十分ほど飼料を運んで右へ左へと頑張っていたらしい。リーフは起きた頃かな。ショートスリーパーで身体が丈夫とはいえもっと休んでくれて良いのに。

 疲れたな。とりあえず急ぎでやるべきことは終わったし、一旦帰るか。その前に水。いつのまにか口の中がベトついて酷く気持ち悪くなっていた。


「あ、やべ」


 しまった、水筒を忘れた。せっかく水を入れたのに、玄関かキッチンに置きっぱなしにしちゃったか。マズいぞ、なんて慌てたりはしない。厩舎には休憩室もあるし、水道だって複数ある。さっきから口の中がベトついて不快だし、軽く頭も痛い。休憩室の冷蔵庫には冷えたお茶もあったと思うけど、まずは外の水道で水を飲んで、ついでに頭から水を浴びて少し身体を冷やそう。もちろん喉が乾いてるし腹も減った。結局、ちゃんとした朝めし食ってなかったもんな。

 それにしても怠いな。すげー体重い。

 願わくば出てくる水がぬるかったりラーメンが作れそうな熱湯じゃないといいのだが。威厳のない神様にそんなことを祈りながら近くの扉から外に出てみれば、そこは豚用の放牧場に面した位置だった。牛たちの放牧場に隣り合った場所だ。そういえば豚はどこにいるのだろう。あまりゆっくり観察したことはないのだが、元気にしているのだろうか。放置したところで案外のびのびと自由に過ごすらしいから、馬などと違ってあまり触れ合ったことがない。子豚とかいたりしないだろうか。


「どこだぁ?んー、わかんねぇな。んん?あ、いたいた!」


 泥にまみれて寝っ転がってる。見事な保護色。何頭か固まって寝ているらしい。全部で何頭いるんだろう。


「いち、にぃ、さん、ん?あれは石か?えー、んーと、あ、さん、しぃ、うぐっ!?」


 もっと近づいて見てみようと思ったところで立ちくらみがした。いけない、水分補給をしないままうっかり日向で豚の様子を見ていた。これはまずい、早く日陰で休まないと。

 引き返そうとしたところで足がもつれる。バランスを崩し前のめりに転倒。

 頭がクラクラする。ヤバい、一気にきた。違う。さっきから熱中症になりかけてた。なんで気づかなかったんだ。日向で集中して観察しているうちに一気に限界に近づいていた。いや、経緯なんてどうでもいいんだ。行かなきゃ。水を飲まないと。

 足に力が入らない。立てない。うそだ。さっきまで普通に歩けてたのに。

 四つん這いのまま水道を目指す。運悪く俺がいる位置にはほとんど日陰がない。ジリジリと無慈悲な太陽が作業着の背中を焼く。少しだけなら一人で大丈夫だろうと思ったが甘かった。みんながいないところで気絶なんてしたら洒落にならん。

 必死に水道まで這っていき蛇口をひねる。残念ながらよく冷えた水ではないがわがままを言っている余裕はない。身体を起こして蛇口の下で手を受け皿にし、降り注ぐ水を口まで運んで一心不乱に嚥下し続ける。


「ぶはっ!」


 まるで潜水の世界記録に挑んだかのような荒い呼吸のまま体を持ち上げその場に座り込む。格子状になった排水口の蓋の上に跪くなど快適なわけがないが今は動く気になれなかった。日陰に移動したかったがうまく身体が動かない。目の前の蛇口から溢れる水を手に溜め頭にかける。少しでも体温が下がれば楽になるだろう。その前に身体が限界を迎えて楽になるかも……くだらない冗談考えてる場合か。立てよ、死ぬぞ。


「オリサぁ、雨降らせてくれぇ……オリサぁ……」


 水を飲んだから体調は戻るかもしれないけどすぐにとはいかない。日向にいればそれも無意味だ。なのに足が動かない。一度座ってしまったのがまずかったか……。どうする。すぐそこに厩舎の入り口があるのに、果てしなく遠く見える。動け。這ってでも動け。

 目がよく見えない。ひたすら白い。太陽を見つめているかのように、目がチカチカする。わずかに見えた厩舎の入口が最後の希望だ。

 本格的に死が近づいている確信があった。このまま気絶したらそれで終わりだ。駄目だ、目を閉じるな。

 惨めに這い進むもバランスが崩れて体勢が崩れる。必死に手を伸ばし腕の力で身体を引っ張る。匍匐前進で進んだが二、三度身体を進ませたところで腕に力が入らなくなった。足にも力が入らない。地面を押して体を進めたいのにその力が残っていない。フィジカルには自信があるのにな……。

 やばい。

 思考が失われる。

 やばい。

 パニックを起こしてる。それがわかる。どうすればいいかわからない。

 やばい。

 脳から指令を送ったわけでもないのに、気づけば仰向けになっていた。

 視界から本格的に色が失われていく中、晴れ渡る空の青が瞳に鮮明に写った。激しく光を放つ太陽が今は恨めしい。俺を苦しめるためだけに輝いているのではと思わずにはいられない。

 空を遮るように大きな影が横切った。鳥の羽が降ってくる。雨なら良かったのに……。

 オリサ、ごめんな。

 君を喜ばせるつもりだったのに。

 海に遊びに行くって約束したのに。

 君を笑顔にしたかったのに。


「オリサ……みん……な、ごめ……」


 身体が浮かび上がる感覚に絶望感と悔しさを抱くも身を委ねるしかない。


「大丈夫、帰りましょう」


 優しい声が聞こえた気がした。

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