「ガールズ・オブ・サマー」part20
「ビックリしちゃうかもしれませんから、トールくんは居間で待っててもらえますか。あの子が落ち着いたら呼びますんで」
申し訳無さそうに報告する天ちゃんに指示され、俺は障子の前で待機していた。急に目の前に男が立っていたら警戒するだろうし仕方がない。和室からはリーフが穏やかな声音で話しかける様子が伝わってきた。
「おはようございます。気分はいかがでしょう。痛いところはありませんか?」
「え?」
「だいじょぶ?喉乾いてない?ココアでいいかな?」
「え?あの、じゃあ、できればあったかいお茶がいいかな。なければ水で」
「りょーかい。聞こえたよね?そんなわけでよろしく〜!」
障子の向こうからオリサの声が聞こえた。あいつはまったく。
「俺が用意するんかい。まぁいいけど」
「手前らの分もお願いしまーす!」
「仕方ねぇな」
それにしても、あの人の声なんだか安心感がある。すごく身近な感じがして気分が楽になるっていうか……。
「少し待っていてくれ」
「あ、ありがとう。あの、日本語……話してる。でもお嬢ちゃんと金髪のお姉さんはどう見ても日本人じゃないよね?黒髪ちゃんは日本人っぽいけど、どういうこと?」
和室から聞こえた指摘に固まってしまう。それはきっと彼女を囲む四人も同じだったのだろう。一瞬の間を置いて、次々と驚きの声が上がる。
「ホントだ!」
「た、たしかに!」
「まあ!」
「マジすか!お姉さん、日本語がわかるんすか!?あらー。ってことは帰還者ってことかぁ。こいつはおったまげた!」
「キカンシャってなに?」
「石炭で動く列車という乗り物だ。ん?いや、違うか」
「この場合、お戻りになった方という意味ですよ」
「え、じゃあこの世界の人ってこと!?」
「そのようだな」
「驚きましたね」
「あのさ、うち、喋ってもいい感じ?」
「これは失礼いたしました!」
「ああ、いや、そんな頭下げないで、うわ、髪ながっ!めっちゃ綺麗!」
「お前ら話が進まねぇぞ……」
障子の向こうのあの人が何者なのか気になるのに、ぜんぜん情報を引き出しゃしない。まったく、みんなマイペースすぎる。
「すまない。あー、自己紹介が遅れたな。わたしはルル。リーフにオリサ、それに天ちゃんだ。貴女の名前を聞いてもいいか?」
「ルルちゃんって言うんだ。ちっこいのに話し方固くてかわいいなぁ。ねぇ、ちょっと抱っこさせて」
「なぜそうなる!」
「おいで~。あぁぁ、かわいい!マジでかわいい!」
「ルルさんの愛らしさは万人が認めるところです」
「かわいいっすよねぇ」
「ルっちゃん、ほっぺもちもちだね。ああ、メッチャ癒される」
「な、なら構わんが。疲れただろうしな。それにしてもペタペタ触りすぎじゃないか?」
「一緒に寝てるとぎゅーって抱きしめてくるのがかわいいんだよね。いっつもあたしのおっぱいに顔を埋めてるんだよ」
「なんの!わたくしの胸にもよく抱きつき揉みしだいてくるのですよ!寝ているときは甘えん坊さんで愛らしいことといったら」
「そういえば前にルルちゃんとお留守番して一緒に寝たとき、めっちゃおっぱい揉まれたっすよ!かわいかったっすねぇ」
「お、お前らなんなんだ!」
ああ、話がまたおかしな方向に……。
「みんな、あー、代表してリーフ。ちゃんと話を進めろ」
「ああ、これは失礼いたしました」
「向こうにいるお兄さんは召使い的な人かと思ったけど、案外偉い人?」
「召使いだなんてとんでもない!彼は我が主!わたくしに命令することができる者はあらゆる世界においてただ一人、トールさんのみです!」
「重いわ!」
リーフの中の俺ってどうなってるの?
「トールさんっていうんだ……親近感のある名前だ。あれ?そもそも、ここってどこなの?」
ようやく話が進みそうだ。いいタイミングでお茶の準備も完了。
「なぁ、お茶淹れたんだけど、そっち入っていいの?」
「お待ちください。失礼」
「ありゃ、胸元開いてたか。ありがと。ん?浴衣!?え、よく見たら畳じゃん!マジでどこなの、ここ?」
「少々お待ちを。トールさんも交えてお話しましょう」
「それがいいっすね」
人が近づいてくる気配がする。
「トールくんどうぞ。お茶貰っちゃいますね」
「ああ、よろしく」
和室に入りながら天ちゃんにお茶を託し女性に向き直る。
「それではお客様、我が主トールさんです」
「いや、主じゃないって。えっと、はじめまして、俺は馳透っていいます」
「え!?」
「……え?は?」
「うそ……」
目が合った瞬間確信した。この人、俺は会ったことがある。だが誰だ?絶対に知ってる人だ。
彼女の方も大きく目を見開き固まる。
「トール?はせ……とおる?え、うそ、でしょ……?おにい……ちゃん……?」
馬鹿な。
「お、おま、お前、ユリ……なのか?」
勢いよく立ち上がった女性がバランスを崩し倒れそうになるのを慌てて抱きとめた。
「信じらんない……お兄ちゃん、ぜんぜん変わってないね」
「お、お前は……ずいぶん変わったな」
腕の中で目を潤ませて笑う妹に、俺の目からも自然と感情の滴が溢れ出した。
ユリの身体を抱きしめる手の力を欠片ほども緩めることができなかった。
第八章「ガールズ?オン・ザ・ビーチ」
完




