「ガールズ・オブ・サマー」part19
リーフと天ちゃんが女性の元に戻り見守ってくれている間、俺達は隣の部屋で一休みさせてもらうことにした。
オリサは退屈そうに窓から海を眺めている。
ルルはぼんやりしていてもどうにもならないとばかりにウイスキー片手にタブレットで熱心に何かを読んでいる。
「ねえトール」
「なんだ?このプロテインバーはやんねーぞ」
激しく泳いだせいか腹が減ってしまった。売店にあったのを持ってきたが、なかなか美味い。手持ち無沙汰なので和室で休んでいるが、旅先でやることないと本当に暇だな。
「そうじゃないよ。あ、チョコ味なの?」
「うん、うめぇ」
「じゃ、後で取ってくる!って、そうじゃなくてさ、あのお姉さん、なんかトールに似てる気がするんだよね」
「そうか?」
「わたしも同じ考えだ」
タブレットから顔を上げたルルも同意する。
「人種は俺と近いかもしれないけど、似てたかな?肌の色は似てるらしいけど」
「顔立ちはトールやオリサに近いと思うが、そうじゃないんだ。寝ている顔にお前に近いものを感じた」
「うん、あたしも。トールの寝顔とあの子の寝顔ちょっと似てた気がする」
とは言っても、俺は自分の寝顔を見たこともないしわからんものはわからん。なので話が広がりそうにない。
「ルルはそれ何読んでるんだ」
「ファンデルワールス力に関する学術論文を読んでいたんだ。面白いぞ」
「なんだって?」
「ファンデルワールス力ってなぁに?」
相変わらず難しい言葉も一発で覚えるな。オリサはアホの子に見えてめちゃくちゃ頭がいい。
「ヤモリは垂直のガラス板でも何の苦もなく張り付いて移動するだろう?あれは指先に無数に生えた極細かい毛によるものなんだ。なんと手足合わせて十億本も毛が生えているという研究結果もあるらしい。そもそもヤモリの指に毛が生えているということ自体にも驚いた。よく気づいたものだ。電子顕微鏡様々だな。わたしも欲しくなってきたのでそのうち天ちゃんに頼んで工房に作ってもらおうかと思って――」
「なぁ、ルル」
「ああ、すまない。ヤモリの話になってしまった。ファンデルワールス力だったな。教えるというのは楽しいな。自分の理解の確認にもなる」
そうじゃないんだが……。
「ファンデルワールス力というのはだな、分子同士が極々近づいたときに発生する引力のことだ。先程も言ったように、ヤモリの指には毛が生えていて、その毛が更に枝分かれしていると言えばわかりやすいか。この枝分かれは『スポチュラ』と言って――」
「うん、わかった、もういいかな」
「そ、そうか。要するに、ヤモリが壁に貼り付けるのは指先の毛にファンデルワールス力が発生しているからなんだ」
「なるほど、わかった。おーきに」
わからんけど。
「あたし、よくわかんなかった」
「勉強は面白いな」
「そいつぁよかった」
進学予定だったのに勉強を楽しいと思ったことないんだよなぁ。
「ルルちゃんが今読んでるのはそのファンデルワールス力について説明してる報告書ってこと?」
「平たく言うとそうだ。これを書いた科学者の論文が好きでな。研究内容がどれも非常に興味深い。アメリカの科学者だがな、他には光学迷彩、つまり身体の透明化の研究、二足歩行ロボットの研究、異次元に生息する巨大怪獣の研究などをしているんだ。ハル博士、ぜひ一度会って話をしてみたかった。デイヴィッドという相棒と精力的に活動していたそうだ」
「ふふっ」
思わず噴き出してしまった。
「HALにデイヴか……木星まで行けそうなコンビだな」
ん?いかん、通じなかったか。怪訝な顔をされてしまった。
「ま、楽しそうで良かったよ。それが実を結んで俺たちの生活が更に楽になることを期待してる。壁に張り付く必要はないけど」
「うむ、この世界の技術力は本当に面白いな」
どうやらルルはオタク気質なところがあるらしい。つまり自分の好きな話題なら相手のことを忘れてつらつら長話をしてしまうということだ。映画について語る俺のように。良くない影響を与えてしまったかな。
気づけばあっという間にプロテインバーがなくなってしまった。なんてこった、俺の腹はまだ満足してないのに。
「まだ足りないな……やることないし、ちょっと下の売店行ってくる」
「あたしも行く!」
「つまみが欲しい。わたしも行こう。ナッツ系があると嬉しいのだが。夕飯に響かない程度にしなければな」
「リーフ達にも欲しい物がないか聞いておくか」
一旦廊下に出たルルはパタパタと音を立てながらドアストッパーで扉が開いたままの部屋へと入っていった。
「リーフ、天ちゃん、下の売店へ行こうと思うのだが――」
「みなさん、ちょうどよかったです。いま目覚めました」
リーフの言葉にオリサが駆け出した。