「ガールズ・オブ・サマー」part14
「みんな楽しそうで良かったよ」
「ああ、やはりいつもと違うことをするのは楽しいな。お前はどうだ?」
「楽しいよ。みんなに色々見せられるのも嬉しいしな。ときどき近場にドライブしてるけど、遠出は久しぶりだから気合い入るよ。よし、電気とかオッケー。車から荷物下ろしてロビーに置いとくか」
「ああ」
電気とボイラー、水道を確認し荷物の移動に取り掛かる。大浴場も生きているのを確認したからお湯を入れれば使える。ロビーはエアコンが効き始めてかなり快適だ。
先に業務用のデカい冷蔵庫に酒を押し込んできた。氷もたくさんあるから、バーベキューの時にクーラーボックスに氷と飲み物、あと野菜をいくつか詰め込んで持っていこう。
「む、オリサは既に上に行ったようだ」
スマホに連絡が来ていたらしい。なら荷物運びは俺たちだけでやっておくことになるな。
「ところでトール、あの輪はなんだ?見たことがない物体なのだが」
ルルの指差す先には赤と白の派手なカラーリングの浮き輪が壁に掛けられていた。
手に取ってみるとビニールではなく樹脂か何かで出来ているようでやや重みがある。
「浮き輪って言うんだよ。中に空気が入ってて浮かぶから――」
「救命道具か」
「そういうこと」
さすが。ルルは説明が最低限で済む。
「遊ぶとき身につけるものは大体ビニールだけどこれは違うな。ちょっと重みがあるから、投げたらよく飛びそうだ。遊びじゃなく、マジで救助のとき使うやつってことかな」
「なるほどな。ふむ、要救助者が中に入る。陸の者がこの縄を持って引く。浮かぶから容易に引っ張れる。なるほど、単純ながらよく出来ている。わたしの世界にもあったのだろうか。海のことはとんとわからない。それと作り方が気になるな」
ルルは町工場とかで働かせたらいい技術者になったかもなぁ。
「遊ぶ時に持って行くか?」
「深いところには行かないし、さすがに要らんだろう。でもここにあるというのは覚えておいて損はないな」
そう言うとルルはロビーのテーブルに浮き輪を置いた。出番がないことを祈るけど。
「何かあったらすぐ取りにくるよ。帰りは一人減るなんて嫌だし」
言った直後に失言だと気付いた。どう考えても面白くはない。
「あー、こういう冗談はよくないな、悪い。んじゃ荷物運ぶか」
「なあトール、ちょっと聞きたいことが……。あー……ダメ、ダメだ」
俺のナンセンスな冗談に呆れているかと思ったが、ルルは予想に反し悲しげな中に戸惑いの色を感じさせる目をしていた。
「うん、ダメだよね。ちゃんと本心から話さなきゃ。トールくん」
「え、どうした急に」
なぜかルルの声音が優しくなった。
「なんで演技やめたんだ?」
「演技って言わないでよ!国では嫌なやつ相手にあの話し方だったの。初対面で緊張して、ついツンツンした話し方しちゃって変えるタイミング無くしちゃって……って、それは置いといて!」
なんだ、そのかわいい理由。茶化したいところだが、ルルが真面目な顔でまっすぐ俺の目を見つめている。そこには心配するような不安げな色が浮かんでいるように感じた。
「あの……やっぱり君は今も、ゆり子ちゃんのことで寂しくなったりする?」
「まぁ……そりゃあな。あいつが生まれた時からずっと一緒にいたわけだし、急に居なくなったら今どうしてるのか心配になるよ。なんでだ?」
「そうよね……わたしも弟がいたからわかるの。わたしがこの世界に来るって決めたとき、両親はわたしの気持ちを尊重してくれたけど弟だけは泣いて嫌がってた。当然だよね。死ぬわけじゃないけどもう会えない、違う世界に行くなら残された側にとっては死ぬも同然。わたしは別れを言えたから良かった。でも君は違う。急な孤独に心の中でずっと泣いてたのね」
慈しみ深い目を潤ませながらルルは俺の手を取る。
「いきなりどうしたんだ?」
「いま君が口を滑らせたことでわかったの。君は今も家族が減ることをひどく恐れているって。春に君が不眠症を患って、今は落ち着いたとはいえ、やっぱり家族が居なくなるのは辛いよね。あのね、トールくんが熱中症で倒れたとき、君は覚えてないかもしれないけどオリサちゃんのこと見て『ユリ』って呼びかけてたんだよ?」
「え……」
「やっぱり覚えてないか。ねえ、君の妹さんってどんな子だったの?」
ルルが話しながら椅子に座るよう促してくる。俺は素直にそれに従い妹を想った。
「どんなって聞かれてもな……」
「性格とか」
「しっかりしたやつだったよ。料理も上手くてさ。でも最近は年頃だから塩対応されてたけど」
「塩対応?」
「冷たいってこと。何話しかけても『ほっといてくれ!』みたいなオーラが出ててさ」
「ふふ、人間族もそういうことあるんだ。私もずっと昔あったなぁ」
「人間もドワーフも、案外同じなのかもな」
「そうね」
「あいつとの最後の会話も微妙な空気感だったなぁ。嫌われてたわけじゃないと思うけど」
「トールくん、頑張って会話を盛り上げようとして空回りしてたでしょ?」
「……なんで知ってんの?ユリにもよくウザがられてた」
「大人は物知りなのよ。でも、なるほどねぇ。わたし達じゃゆり子ちゃんの代わりにはなれないよね」
「でも支えてくれてる」
「なら良かった。辛いときはすぐにわたし達を頼ってね」
「ああ、わかった。ありがとう」
「やっぱりゆり子ちゃんのこと大事に思ってるんじゃん。オリサちゃんに聞いたよ?月を見ながら『さようなら』とか言ってたんでしょ?」
あー、言ってた。もはや黒歴史。
「言ったわ」
「どうせカッコつけてたんだろうけどさ。しかも同じようなことリーフさんの前でも言って、すごっく叱られたんでしょ?」
「顔面掴まれて説教された」
「妹なんだから大事にしなさい!」
「はい」
「なんだかんだカッコつけて忘れようとしてるけど、どーせ忘れられないんでしょ?いいのよ。もう会えなくても、それを否定なんてする必要ないの。心のなかで大事に想い続けてあげて。ね?」
「ああ……そうだな。わかったよ」
「はい、それじゃ仕事に戻ろうか。ルルお姉ちゃんは話し方を戻します!」
「そのままで良いのにな。もう話し方を変える必要ないだろ?」
「断る」
あ、いつものルルに戻った。残念。
「っていうかね……、その、初対面がツンツンモードだったでしょ?それに慣れちゃったから、今更変えにくいのよ」
頬を赤らめてモジモジしながら打ち明ける様子がなんともいじらしい。
「お前、マジでかわいいな」
「や、やめてよ!じゃなくて!やめろ!ほら、さっさと荷物を運んで海に行くぞ!」
「了解。ルル、ありがとうな」
「ああ。困ったときは遠慮なくわたし達を頼れ。いいな?」
「あだ!」
ルルに勢いよく尻を叩かれながら、俺たちは車へ向かって歩き出した。




