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逆異世界転移物語 〜エルフ・ドワーフ・魔法使いと地球でゆるくぬるく暮らす物語〜  作者: シンドー・ケンイチ
第八章「ガールズ・オブ・サマー」
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「ガールズ・オブ・サマー」part1

 冷房ってのはいいもんだ。外は地獄の暑さでも極楽浄土の快適さを提供してくれるのだから。

 二月にこの世界にやってきた三人娘も当初はエアコンの暖房機能に驚いていたが、暑くなってきて冷房を起動したらまた驚いてくれた。ただし、暑さにも寒さにも強いリーフとルルはそれほど必要としていないのだが。

 俺はといえば外に出たら暑くて汗が止まらなくなるので最低限の外出しかしなくなった。虫も多いしうるさいし、自宅はサイコー。

 ならば寒さには強いが暑さに弱いオリサはどうなのか。もはや溶けてしまうのでは?

 彼女はある事件を契機に変わってしまった。あれほど外出が好きなアウトドア派だったのに、外出すること自体を嫌がるようになったのだ。

 順を追って説明しよう。


・・・・・・・・・・・・


「あー、今日もあっついよぉ」

「帽子忘れるなよ。確かに早く終わらせてシャワー浴びたいな。もう汗が出てきた」

「お前たち、家を出る段階でそれでは家畜も野菜も世話などできんぞ」

「こまめに休憩をしましょう」

「よし、帽子被ったし水筒持った。行こうか」


 梅雨が明けて七月も終わりが見えてきた頃、俺たちは夏の太陽に照らされながら畑へ向けて歩き始めた。

 夏の日差しが地面に照りつける。さながら熱したフライパンのような地面のせいで空気も加熱され、俺たちの体力を容赦なく奪っていく。

 今年の夏は猛暑だ。

 去年の夏も猛暑だったと思う。覚えてないけど。

 きっと来年も猛暑だ。夏は全部猛暑。冬もキホン厳冬。

 結局の所、夏はめちゃくちゃ暑い。冬はビビるほど寒い。


「この道、屋根つけて正解だったな」

「ああ、雨よけのためだったが、日よけにもよかった」

「この世界の夏は毎年このくらいの気温になるのですか?」

「そうだね。来月はもっと暑くなるけど。昔に比べるとこの星自体が熱くなってるらしいよ」

「あづいよぉ」

「お前は特に暑さに弱いし無理すんなよ。しんどかったら俺が草むしりして、オリサは厩舎の中の仕事メインにしていいから」

「あたし農業大臣だから」

「オリサ、わたしは暑さに強いからわたしが畑を担当しよう。お前は屋根のある所で働け。最後に水やりをしてくれればそれで十分だ」

「それがいいですね。わたくしは放牧場、オリサさんは厩舎の中をお願いします」

「うん、ありがどぉ、あづい」

「今日は特に雲がないからしんどいな」


 ふと脳内に疑問が浮かんだ。


「なあ、オリサ。お前の魔法で天気を変えられないのか?前に小さい雨雲作ってくれたことあっただろ?」

「魔法使いとはいえ、さすがに天候を操るなんて無理じゃないか?」

「もはや神様の領域ですね」

「ちょっと待って、え、トール天才なの?やってみる!」


 そう宣言した『瑠璃色のオリサ』が杖を掲げると見る見る空が雲で覆われた。マジかよ!


「すげぇ……」

「オリサ、お前は神なのか?」

「驚きました」

「これで少しはよくなったかな。でも、音!毎日毎日、おはようからおやすみまで、あいつらうるさい!」


 オリサの言う通り、ここ最近は朝から夕方頃まで夏の風物詩とも言える音が鳴り響いている。


「セミの声ですね。あれはオスがメスを呼んでいるのです。交尾を――」

「はい、リーフ、そこまで。もうストップ」


 このエルフはなんで交尾の話にやたら饒舌なんだろうなぁ。

 

「セミはうるさいものだ。仕方がない。奴らも必死だ」

「うるさいし暑いし、早く冬になってよぉ。トール、あいつらいつになったら死ぬ?」

「聞き方が容赦ねぇな。九月始めくらいにはかなり減ると思うぞ。セミの成虫は一週間ぐらいしか生きられないし、そっとしといてやれよ」

「燃やしてはいけませんよ」

「水も止めておけ」

「リーフちゃんもルルちゃんも、なんであたしが考えてることわかったの?」

「目の色が赤くなったり青くなったりしたからだよ。風で追い払うくらいなら、あ、やっぱダメ。木が根こそぎ倒れるような風起こすだろ」

「やんないよぉ。あー、厩舎着いたぁ」

「じゃ、がんばれよ。雨が必要になったら呼ぶから」

「うん、トール、ルルちゃんありがとう」

「リーフ、オリサを頼んだぞ」

「はい、お二人もお気をつけて」


 ・・・・・・・・・・・・


「毎日見て回っているからそこまで多くはないな」

「だな。よし、あとはオリサに雨降らせてもらえばOKだ」

「うむ」


 水気のない畑を背にして俺たちは厩舎に向けて歩き出した。


「それにしてもオリサのやつ、この分だと夏の間は家に篭もりきりになりそうだ」

「仕方ないさ。車で出かけるくらいならできるとは思うけど。そうだ、海とか川に遊びに行こうか?」

「ああ、それはオリサが喜びそうだ」

「トールー!ルルちゃーん!ありがとー!あたしの方もだいたい終わったよー」


 厩舎へ戻ればオリサが元気に手を振って迎えてくれた。日陰の作業でだいぶ復活したかな。厩舎の中も暑いけど魔法で風を通して換気は十分。

 と、オリサの足元にこの時期ならではの物体が落ちているのに気づいた。


「オリサ、足元。気をつけろ」

「わっ!……あれ?動かない?」

「あのセミは死んでいるようだな」

「これからの時期、ああいうの増えるぞ」


 道端で見かけるとテンション下がるんだよな。


「かわいそうだから埋めてあげるね。死んじゃったなら静かだし」

「あいつら死んでるように見えてさ、実は生きて、あ!オリサ!」

「オリサ!近づくな!」

「ジジジジィィ!!」

「ぎゃああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ルルと同時に気づいたが一歩遅かった。まだギリギリ生きていたセミが鳴きながら飛び立った。


「あゔぁあああああああ!」

「オリサ、暴れるな!取るから!」


 長距離飛ぶほどの体力は残っていなかったらしいセミが、よりにもよってオリサの顔面に激突。次いで胸元にへばりついた。

 普段はニコニコして天真爛漫なオリサだが、いまはホラー映画で異形の生物に襲われる被害者Aといった声を上げてのたうち回っている。

 慌てて駆け寄ったルルがすぐさまセミを取ってやるも、オリサは先ほどと打って変わって放牧場に転がったまま動かない。


「オリサ、もう大丈夫だよ。な?ルルが取ってくれたから。大丈夫だ、あれ?」

「オリサ、少し休め。オリサ?」


 顔を覗き込むが、あぁ、見なきゃ良かった……。

 

「これはまた……なんとも言えない顔で気絶しているな」

「生きてる……よな?」

「バカなことを言うな!胸を見ろ、動いてる」


 呆れたと言わんばかりのルルが顎で指すあたりを見ると、確かにオリサの胸はゆっくり上下している。

 良かった。


「まぁこの顔だし不安になるのも仕方ない」

 

 汗と涙と涎と鼻水まみれ。目は半開き。アイドル顔負けの愛らしさは影も形もない。

 

「オリサ?大丈夫か!?」

「リーフを探してくるからトールはオリサを見ててくれ」

「生命の終焉を感じさせる声が聞こえましたが、やはり……蝉に遭遇してしまったのですね」

「あ、リーフ!良かった」


 あれだけの声を聞けばリーフならすぐ反応できるか。とにかく助かった。

 

「大丈夫だとは思うのだが……」

「ふむ、脈は速いですが大丈夫でしょう。ただ驚いて気を失っただけのようです。トールさん、彼女を連れて先に帰っていてください。放牧場はわたくしとルルさんで掃除します」

「それがいい」

「ああ、それじゃ、リビングのソファーに寝かせてくる」


 二人に手伝ってもらいオリサを背負うと家への一本道を歩き出した。


「オリサ、今から帰るぞ」

「……」


 返事はない。


「オリサ、もうちょっとだからな」

「……」


 まだ気絶しているらしい。大丈夫かな。


「オリサ、エアコンの効いた部屋に冷たいココア、チョコレートアイスもあるからゆっくり休め」

「うん……」

「あ、起きたか」

「ありがと……」

「おう」


 彼女が意識を取り戻すのと玄関の扉を開けるのは同時だった。

 ソファに腰掛けゆっくりと麦茶を飲むオリサの姿に安心した俺はすぐさま水やりのため引き返した。

 朝からずいぶんバタバタしたもんだな。

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