「妖しいリーフと料理の旅」part38
「ねえ」
「ん?なんだ?」
やけに豪勢な朝メシ、うまかったぁ。腹パンパン。箸を置いたらリーフが即座にコーヒーを淹れてくれた。やけに気が利くな。まあ理由はわかるけど。
「トールとリーフちゃん、喧嘩したの?」
「いんや?」
「そんなことありませんよ……」
「あきらかにリーフちゃん元気ないよね?トール、なんか酷いこと言った?」
「そんなことないよ」
「はい、トールさんは悪くありません。全て、わたくしの不徳の致すところ」
「いや、そこまで言わなくても」
「何があったのさ」
「オリサさんがお休みになった後で、ただただわたくしがトールさんに毎晩マスターベーションをお見せし続けただけです」
「ぶふぁ!」
盛大にコーヒーを吹き出してしまった。なんつーこと言ってんだ!
「アホか!」
「なにそれ?知らない言葉だ。あ、ちょうどいいや。リーフちゃんコレ借りるね」
そう言ってオリサはスマホに手を伸ばす。
「待て!調べるな!」
「わかんないことは調べればいいって言ってたじゃん。ダイジョブだよ、使い方はもうわかるし。えっと『ま』『す』『た』『あ』」
「やめろ!発声すんな!」
「あの、オリサさん、それは比喩――」
やめてくれ!オリサの口からそんな単語を聞きたくない!初めて聞く言葉も一発で覚えられるオリサの頭が今だけは恨めしい。
「なんなのさ。あたしだけわかんないの寂しいじゃん……え!?」
瞬間、オリサが立ち上がり右手を振りかぶったと思えば頬に衝撃が来た。
「んぐっ!」
左の頬がジンジンと痛む。
オリサは慌ててリーフの元へ駆け寄っていった。
「リーフちゃん!大丈夫だった!?なんでそんなの見せる必要があったの!?トール、リーフちゃんが何したのさ!!最低!トール、サイッテー!」
「いえ、あの先程申し上げたのは比喩――」
「オリサ、ちょっと待て、ちゃんと説明するから」
「信じてたのに!トールはそんな人じゃないっで、じんじでだのにぃ!!ああぁぁぁぁ!!うわぁぁん!」
オリサが声を上げて泣き出してしまった。え、これどうすればいいの?
「ドォルのバガぁぁぁ!」
「えぇぇ……」
「本当に申し訳ありません」
「うん、反省して」
「ドォルぎらい!ぎあい!ゔあぁぁぁぁ!!」
俺どうすりゃいいんだよ……。
・・・・・・・・・・・・
「というわけでして、全てわたくしが勝手に行ったことなのです。その比喩としてマスタ――」
「言わんでいいから!」
「じゃ、じゃあ、ドォルは」
「何もしておりません。一切の非はありません」
「ドォルごめん、ごべん、いだがったよね、ごべんなざい、ごべん、おんどおにごべん!!」
「大丈夫だから泣くなって、な」
「ごべんなざぁぁい!」
「本当に申し訳ありませんでした」
「オリサは悪くないって。あ、リーフは深〜く反省するように」
「はい、肝に銘じます……」
・・・・・・・・・・・・
「落ち着いたか?」
「うん、いきなり叩いてごめん。痛かったよね?」
「いや?お前の細腕じゃ空手やってた俺にダメージなんか残せないよ」
「……ありがとうね」
「おう」
「重ね重ね申し訳ありません」
「うん」
「だね」
「はい……」
「リーフちゃん、確認したいんだけどさ」
「はい」
「えーと、あたしとトールが仲良くしてるから、リーフちゃんもトールと仲良くしたかったんだよね?」
「はい」
「んで、あたしがトールをからかってるのと同じようにすればいいと思ったのね」
「そうです」
「あたし、そんなんじゃないよ!『ホントのアナタを見せて』なんて、一度も言ったことないよ!見たことないでしょ!?ある!?」
「い、いえ」
「だよね!何がどうなってリーフちゃんの中のあたし、そうなっちゃったのさ!ぜんぜん違うじゃん!」
「だよなぁ」
「トールと一緒に寝たことあるけど、そんな関係じゃないよ!」
「申し訳ありません、勘違いしておりました。わたくしはてっきり――」
「リーフちゃん!」
「は、はい!」
「あたし、パフェ食べたい!」
「しょ、承知しました。ただ今お作りします!」
「チョコレートたくさん!」
「はい!あの、トールさんは何か食べたいものは……?」
「んー、特にないなぁ。あ、リーフ」
「はい!」
「いい機会だから健康的な食生活を心がけたらどうかな」
「ま、まさか……」
「今日から一か月」
「トールさん!」
「リーフは」
「お待ちを!」
「肉抜きね」
「そんな!そ、それだけは!それだけはご勘弁を!後生です!我が身を持ってお詫びします!夜伽でもなんでもいたしますから!お、お肉だけは何卒!」
「リーフちゃんのバカ!」
「それを止めろって言ってんだよ、馬鹿野郎!!」
俺達とリーフの心が真に通じ合う日は来るのだろうか。早めに来てほしいなぁ。そうじゃないと心が持たない。
こうして今日もバタバタと一日が始まったのだった。
第七章「怪しいリーフと料理の旅」
完