「妖しいリーフと料理の旅」part36
「緊張しているのですか?」
耳の直ぐ側から心地の良い声が聞こえる。ああ、もう何も考えずにずっと聞いていたくなるような、優しさの中に官能の色も滲ませる声。昨日のささやき声は聞けるのだろうか。
いかん、おかしなことに期待し始めた。
「ど、どうだろうな」
早くも限界寸前だが、思わず強がってしまった。だが、これがいけなかった。
俺の欲望を感じ取ったのかは定かではないが、魅惑のウィスパーヴォイスが耳朶に当たる。
「ウソつき……悪い子」
瞬間、身体がピクリと反応してしまった。
それを諌めるかのように、ゆっくりと焦らすように、俺の胸をなぞったときのように、リーフの指先が俺の頬を愛撫する。
「トール」
身を委ねてしまいたい。
「本当の」
もう耳に唇が触れてしまいそうな位置から声が聞こえる。
「アナタを見せて」
官能のウィスパーヴォイス。
リーフの指が耳の縁をなぞりつつゆっくりと上がってくる。全身の毛、産毛の一本一本に至るまでが彼女の指の動きに支配されているのを感じる。背筋に得も言われぬ快感が駆け抜ける。俺という存在そのものが容易にリーフに征服されてしまった。もはやここまでか。昨夜よりも積極的に行動してくる。リーフはその気なのか。ムリだ。これ以上はもうムリだ。欲望のままに行動したい。
いや、違う!そうじゃないだろう!欲望に身を委ねたいのは事実だ!
だが、だがそんなわけにはいかない!
俺たちは家族だ。がんばれ、俺。理性的に動くんだ。ちゃんと話し合おう。彼女を拒んでいるわけではない。ただ、順番が大切なんだ。なんとか、言葉を出せ。彼女と話せ。俺は獣ではないんだ!快楽に身を委ねるわけにはいかない!
「リーフ!」
目を開け上体を起こしながら過剰な大きさの声を出してしまった。
「リーフ、聞いてくれ!」
そう言って俺はリーフを見つめた。薄明かりだけでも十分に輝く美しいブロンドの髪が右目を隠している。この髪に包まれ恍惚の表情を浮かべていたルルの気持ちが今ならよく分かる。
白い肌、そしてどんな空よりも青く美しい瞳。まずい、向かい合っただけなのに美しさに圧倒されてしまう。
「はい……?」
がんばれ、呼吸を整えて話すんだ。
「リーフ、君が俺に対してそういった感情を抱いてくれたのは嬉しい。本当だよ。だけど、ごめん、俺はそれに応えられない。っていうのは、あの、別に好きな人がいるとかそういうのじゃなくて、えっと、俺は君のことを一緒に暮らす家族っていう目でしか見てなかったんだ。最近の君の様子から俺に、その、俺に好意を寄せてくれたのがわかった。本当にありがとう。で、ででも、でもね、俺はそういった意味で意識してなかったから、それはできないよ。っていうのはさ、あの、やっぱり恋人じゃないのにそういう行為をする、あー、えっとなんて言えばいいの?セッ……ああ、いや、あの、交わるっていうか肌を重ねるって言えば伝わる?それをするのは違うっていうか、やっぱり良くないと思うんだよね。だから、今リーフの期待には答えられない。ごめん。ただ、あの、これからだよ。これから俺はリーフと距離を縮めていきたいと思ってる。恋人っていう段階に進むために。時間はかかるけど、それでもいい、かな……?」
そう言って俺はベッドに寝転がったままのリーフの手を握った。指が長く触り心地のいい手のひらだった。戦場に立っていたなんて信じられないほどに柔らかく、優しさにあふれた温かみのある手のひらだった。
ありえないほどグダグダな物言いだ。とにかく思っていることを伝えなければと思ったが、ひどいものになってしまった。うまく伝わっているといいのだが。
驚いた顔をしているリーフの頭を撫でる。なんて手触りのいい髪だろう。エルフ特有のものなのだろうか。
リーフの左目を見つめたまま、俺は彼女の返事を待った。