「妖しいリーフと料理の旅」part30
「神様のお陰でコレそのまま食べられるんだよね?」
「そのハズ……でもあんまり気乗りしないな」
「あたしも」
蓋の開いたまま放置されていたデカい鍋の中には、二か月前に作られてから今日まで放置され続けた牛肉と玉ねぎを煮た物体が入っている。神様の力で食べること自体は問題ないはずなのだが、埃が入ってそうだしちょっとキツイな。入口ドアの隙間風のせいなのかテーブルや椅子にもうっすらと埃が積もっていたし、この鍋の中も同じだろう。
「でしたら、これは廃棄して新しく作ってみましょうか」
「ああ、そうだね。調味料なんかもあるし」
「少し失礼しますね」
そう言ってリーフはスプーンで牛丼の汁を掬って口に含んだ。埃とかはあまり気にしないのか。鍋の中を覗きしばらく考え込んだと思ったら、トイレの方へと歩いて行く。
「失礼しました。さすがに飲むのは憚られたので出してきました。味付けは大体理解できましたので、お二人はごはんと玉ねぎの用意をお願いします」
「リーフちゃん、今のでわかったの……?すごっ!」
「凄すぎ」
「いえいえ、慣れたら味付けの予想は立てられますよ」
そうなのかな?
「できたー!」
「煮込むの案外時間かかったな。普通に夕飯の時間になって驚いた」
「初めから作り直したので、お肉の旨味を出す為の時間がかかってしまいましたね」
「なるほど」
「早く食べよ!」
「ああ。それじゃいただきます」
「いただきまーす!」
「いただきます」
「やっぱうめぇなぁ。リーフの味付け完璧」
「美味しいけど、あたしはもっとお野菜欲しいかなぁ」
「奥の冷蔵ケースにサラダあったぞ。あ、それとトッピング。高菜とかいいんじゃないかな」
「じゃ、あたしそれ乗せる〜」
「リーフ、どう?」
「た、たしかに美味しゅうございます……」
なんか心が揺れ動いてるな。ああ言った手前、うまいって認めにくいのかな?
「リーフもトッピング乗せてみる?チーズとか美味いよ」
「そうですね、では試してみます」
リーフも立ち上がり、オリサが高菜を探す厨房へと向かって行った。気に入ってくれるといいけど。というか、薄切りの肉の何がそんなに嫌なのだろうか。肉といえば分厚いステーキというイメージが強すぎるのかな。
「んんん!この高菜乗せた牛丼おいし~!あたしこれ気に入ったよ!」
「それはよかった。俺は山盛りのネギを乗せたのが一番好きだな」
「あ、それもおいしそうだね。次はそれ作ってみよ~っと」
よかった。オリサには牛丼を気に入ってもらえたようだ。それにしてもリーフが静かだな。
「リーフ、どうかな?」
「トールさん!」
「お、おう」
急にでかい声出してどうした。
あ、なんか急に嫌な予感がしてきた。リーフが立ち上がり床にしゃがみ込もうとしたのを察知し、肩を掴んで静止する。
「驚くべき反応速度です」
こうなるって予想してたからね。
「今度はどうした」
「リーフちゃん、震えてるけど何があったの?」
背後から聞こえるオリサの声には切羽詰まった様子は見られない。どうやらオリサもリーフがわけのわからんタイミングで興奮することに慣れてきたらしい。
「昼間は牛丼に対し大変無礼な物言いをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
そう言って腰を曲げ深々と頭を下げる。長い髪の先端が床に付いちゃったよ。
「うん、わかったから。チーズ牛丼美味かったの?」
「はい!素晴らしい味でした。これは世界で最も美味なる料理の座を狙えるかもしれません!千年を超える時間を旅したわたくしが言うのだから間違いありません。様々な国の王宮で食べた食事の数々も、このチーズ乗せ牛丼の前には霞んで見えます!」
ウソつけ!
「リーフちゃん、王宮のお料理ってリーフちゃんがエルフだからって理由でぜんぶお野菜の料理だったんじゃ……」
「ええ、そうなのです。草ばかりでした!」
ならリーフの中で点数低いのも納得だ。
「素晴らしいお料理に引き合わせていただき本当にありがとうございます。おかわりをいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、大盛りでも特盛でも、ご飯は並で肉は大盛りなんてのもあるから好きにしてくれ」
「素晴らしい!ああ、なんと素晴らしい!ならば、欲望のままにご飯・チーズ・お肉・チーズと、チーズを二度乗せしても?」
言葉とともに手のひらを重ねてチーズ増し牛丼の説明をする。嬉しそうだなお前。
「いいよ、自由に食べてくれ」
「ああ、素敵です。失礼、よだれが止めどなく溢れてきます。では、おかわりを作ってまいります。トールさん、重ね重ね昼間は食べてもいないにもかかわらず非難してしまい、もうしわ――」
「うん、いいから気にしないでくれ」
「はい!」
「あの、あたしは近くの喫茶店でお菓子見てくるからゆっくり食べてていいからね」
「承知しました!」
俺どうしよう。俺もオリサに付いていくか。
「トールさん!」
「はい!」
腰をあげようとしたところで声を掛けられた。オリサは既に店を出ている。しまった、逃げるタイミングを失った。
「わたくしはまたしても大切なことを見失っておりました。実際の経験に勝るものなどございません。頭の中で牛丼を想像し薄切りのお肉を非難したものの、実際に口にしてみれば、かくも容易くわたくしの心は蹂躙され屈服してしまいました。わたくしのなんたる傲慢なことか、この状況のなんと滑稽なことか、お恥ずかしい限りです。トールさん、わたくしのこの目はやはり何も見えており――」
「目は裂かなくていいからな?」
「え?あ、はい!」
「あー、俺もおかわりもらえるかな?リーフと同じ、チーズたっぷりの」
「お任せください!」
「並でいいから」
「わたくしは特盛にするつもりなのですが、お体の調子がよろしくないのですか?」
「昼の弁当もたくさん食ったからね」
「なるほど。少々お待ちください!」
メニューのカロリー表示を見てギョッとしたのが理由だけどさ。旅が終わって帰宅したときに俺とオリサは髪が真っ白、リーフは肥え太っていたらルルと天ちゃんは驚くだろうな。
なんか疲れた。早くホテルに戻りたい。