「妖しいリーフと料理の旅」part28
「んぁ……」
窓から春の朝日が差し込む。
大あくびとともに酸素が体内に取り込まれ、脳が、手足が活動の準備を始めたのを感じる。目やにの付いた目を擦りあたりを見回すと、そこにはカーテンを開けっ放しにした窓から広がる青空。
まだ少し眠いな。そう考えるが早いか、つい布団を被り直して目を閉じてしまった。昨日はたしかリーフとおしゃべりをしていたんだっけ。
あれ、リーフ?そういえば、寝る前にかなり熱烈な抱擁をされた気が。何度も何度もキスをされて『愛してます』とか言われてなかったか?なんかすごく柔らかくて暖かいもので顔を包まれた記憶がうっすらと。え、あれって、つい先日俺が窒息しそうになった物体か?
いやいや、まさか夢だろう。
……え、現実なのか?夢なのか?どっちかわからん。
「トールさん、起きていらっしゃいますか?」
「は、はい!」
「失礼します」
オートロックで閉まらないようペットボトルを挟んだ部屋の入口から件のリーフが現れた。
「おはようございます。いまお目覚めですか?」
俺は布団の誘惑を断ち切り、身体を起こしてベッドに腰掛けた。グラスに水を注ぎながら語りかけてくるリーフの背中をボンヤリと眺める。
「うん、ちょうど起きたところ。いま何時かな……、あれ、ちょっと寝坊したな」
「オリサさんも先程起きたばかりですからちょうどいいかと思いますよ。はい、お水です」
「ありがとう」
家族が笑顔で差し出すグラスを受け取り口をつけた。常温の水が胃に流れ込み、身体の内側も覚醒し始めたのがわかる。
「リーフ、ゆうべは――」
「ええ、昨日はお疲れだったようですね。二人でしばらくお話をしてベッドに入ったらすぐに寝てしまいましたから。今日も無理なく頑張りましょうね」
え?すぐ寝た?ってことは、リーフに熱烈に愛されたあの体験は……夢ってこと?
「どうされました?少し鼓動が速くなりましたが」
「な、なんでもないよ!」
「そうですか?」
不思議そうにこちらを見つめるが、『夢の中で君に何度もキスされたよ』なんて言えるわけがない。
まったく、なんて夢を見てるんだ。欲求不満なのかな?今日はストレス発散に散歩でもするか。
「では、わたくしはお先に下に下りております。朝食は二人にお願いしたいと思っておりますので、お早めに来てくださいね。お腹と背中がくっついてしまいますから。ふふ」
そう言ってリーフは笑顔のまま去っていった。
いやはや、俺は随分と下世話な願望に満ちた夢を見ていたらしいな。誰にも知られていないとはいえ恥ずかしい限りだ。
・・・・・・・・・・・・
「では朝食はお二人にお任せしましょう。作るものは昨日と同じサンドイッチとハムエッグでよろしいですか?」
「いいよ」
「あたしもそれでOK。頑張る!」
「ではお二人で分担を決めて始めましょうか」
「俺ハムエッグ担当でいいかな?」
「えー、あたし昨日のリベンジしたい」
「俺だって、油使いすぎないようやり直したいんだよ」
「むー、それじゃじゃんけん!」
「よしきた。最初はグー」
「じゃんけんポン!あぁぁぁ!」
「声でっけえよ。んじゃ、俺がハムエッグで」
「三回勝負!お願い!」
「しょうがねぇな。はい、最初はグー、じゃんけんポン。あいこでしょ、あいこでしょ」
「あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!よし、勝った!次も勝つよぉ、さぁいしょぉは――」
「ハムエッグとスクランブルエッグどちらも作ることにしましょうか!どうぞ取り掛かってください!」
「「はい」」
「仲良くがんばってくださいね」
「「ごめんなさい」」
口調は丁寧だが若干の圧が感じられた。
 




