「妖しいリーフと料理の旅」part20
朝だ。
昨夜はいつもより少し夜更ししてしまったけど、いつもどおりの時間に目が覚めた。畑を見て回らなくていいのだからもう少し寝ていたかったがそうもいかない。在りし日に、日曜日なのに早起きしてしまったときの懐かしい気分を思い出す。
手早く身支度を整え服も着替えて女子部屋へと向かう。いきなり入っては失礼だと思うので、扉をノックし隙間から室内へと呼びかける。
「おはよー、二人とも起きてる?」
「おはようございます。トールさん、よくお眠りになれましたか」
間もなくリーフが姿を表した。俺同様、既に着替えていつもどおりの姿だ。
「おはよう、よく眠れたよ。けっこう飲んでたのに元気そうだね」
「ええ、今日からの料理修行を考えたら寝てなどいられません」
さすがはリーフだ。
「入ってもいいかな」
「ええ、どうぞ。オリサさんはまだ完全には覚醒していないのですが」
「なるほど。『第一段階』ってところかな」
「ええ、そのとおりです」
前回の旅行中も何度か目にした姿なので容易に想像がつく。リーフにとっても毎日見る姿なのだろう、どこか楽しそうに首肯する。
「おはよぉ、ふたりとも、はやいねぇ、ねゃもい……」
件のオリサが目もほぼ閉じたまま、摺り足で現れた。
「おはよう、眠そうだな。朝飯食えるか?」
「ねゃもい……たべる」
あくびをしながらたどたどしく返答するオリサの姿にリーフが吹き出してしまう。
「わたくしは先に下の食堂へ行ってお食事の準備をします。トールさんはオリサさんの準備が整ったら一緒においでください」
「わかったよ。昨日、軽く確認しただけだったけど料理は作れそうだった?」
「ええ。お料理の練習でたくさん食べると思いますので、朝は軽いサンドイッチにしようかと思います。ちゃんと草、失礼。お野菜も入れますからご安心ください」
もうここまで来るとわざと言ってんじゃないかとさえ思うわ。『草、失礼。お野菜』っていうテンプレ。
「わかった、ありがとうね」
「いえ、ではお先に」
エレベーターホールへ向かうリーフを見送り、室内のオリサに目を向ける。
「お前は……」
壁に寄りかかり目は完全に閉じて口は半開き、定期的に肩が上下運動をしている。立ったまま寝ているらしい。
「オリサ、起きろ。もう朝だぞ」
「んあぁ、おきてる、おきれる、おいへる……」
寝てんじゃねぇか。
しょうがない、もう少し寝かせてやろう。立ったまま寝ているのも不安定で心配なので身体を抱えてベッドに運ぶ。いつもどおりならあと五分くらいで起きるだろう。
「あ、トール、おはよー。早いね。あれ?リーフちゃんはもう起きたの?んー、ふぃー、ふぁ~。よし、今日もがんばるか!」
ハキハキ話しながら身体を伸ばす。
「何度も聞いてるけど、お前、さっきの覚えてないの?」
「何が?」
「ほぼ目を閉じたままの状態で部屋の入口まで歩いていって俺達と会話してた」
「そんなん無理に決まってるじゃん。ちょっと待っててね。顔洗って来るから。ごーはんー、ごっはんー、あーさごっはんー」
即興の歌を歌いながら洗面所へと消えていく。
オリサの起床はなぜか二段階で、初めに二割程度覚醒し、一旦寝て五分くらい経つとパチっと目が覚めるのだ。この『第一段階』では会話ができるのだが完全に覚醒したときに尋ねても全く覚えていない。不思議だ。
先日の旅行で初めて見たときは驚いた。驚いていたらルルが教えてくれたが、朝のオリサはいつもこんな感じだとか。この世界に来た日から同じ部屋を使っているルルは二日目の朝、本当に驚いたそうだ。当然だ。その後は翌日、翌々日と何度も繰り返し見て『二段階起床』はオリサの特性だと納得がいったらしい。
前回の旅行で大泣きした翌朝、不注意にもオリサの頭を撫でながら『かわいい』などと話しかけてしまったのは大抵俺のほうが早起きしていたからなのだが、まさか先に起きていたとは。もっとも、あのときオリサが寝ていたとしても俺の背後にはルルがいたので絶対聞かれていたわけだが。
「おっまたせ―。着替えちゃうから廊下で待ってて。どーしても気になったら覗いてもいいよ」
「まったく気にならないからドアの前で待ってますわ」
すっかりいつものオリサだ。