「妖しいリーフと料理の旅」part16
本当なら、もう少し夜景がきれいなんだろうな……。
街灯と月明かりに照らされ建物の輪郭が浮かぶ他には生命力を感じさせない町並みを見ながら、そんなことを思った。走る車も、遅めの下校をする高校生も、駅前で歌うミュージシャンもいない。静かでいいけど、静かすぎて気持ちが悪い。マナーの悪いスケボー少年がいないのは良いことかな。
二人が風呂に入っている間に自分も入浴を終え、お茶を手に女性部屋の大きな窓から外を眺める。リーフがすぐに触れるように、電気屋から貰ってきたカメラの箱はベッドに並べておいた。リーフが戻るまでにカメラの使い方を覚えようと入門書を手にしたが、ぼんやりと窓から外を眺めているうちに気力が削がれてしまった。
いけない。一人で静かな部屋にいるせいでまた悪い病気が発症しそうだ。もう少し待てば二人も戻ってくるだろうに。
気分を一新するために、リーフが持っていたスマホを手に取り動画サイトにアクセスする。オリサたちが戻るまで音楽でも聞いてやり過ごそう。
・・・・・・・・・・・・
「|全ては神様の思し召し《Made in Heaven》、ですか。一見すると諦めているようにも感じられますが、それでも自分なりに生きようという強い意志を感じる素敵な曲ですね」
やっと帰ってきた。といっても、音楽を聞き始めて十分ぐらいか。
「遅かったじゃん。待ってる間にワインを一本空けちゃったよ」
部屋の入口に立っているリーフに声をかける。念の為にと持参した見慣れたネグリジェ姿だ。
「あら、初めて飲むときは二十歳の誕生日にみんなで一緒に。そう伺っていたのによろしかったのですか?」
さすがのリーフも嘘だと見抜いて笑っている。
「お待たせ。トールぅ、寂しかったんだね?こいつめ、かわいいじゃん」
バスローブ姿のオリサが俺の頬を指で突いたと思えば、腕を取り身体を寄せてくる。
「お前、くっ付くなよ。なんだ、いきなり」
「一人でちょっとしょんぼりしてるから、オリサちゃんの柔肌で癒やしてあげようと思って」
「わかったわかった、どうも、おおきに。サンキュー」
「どーいたしまして。それじゃ、リーフちゃんがカメラの練習をするのを見守らせていただきましょー」
「はい。ああ、わたくしの手で写真を残せるだなんて、本当に素敵なことです」
なんだか大仰だな。
「ずいぶん写真を気に入ってるね。この世界で初めて写真を見たのはオリサもルルも同じだけど、リーフはとりわけ反応してる気がするよ」
「そうだね。あたしはあんまり興味なかったんだけど。リーフちゃん、お出かけするって決まったときからカメラが欲しいって言ってたもん」
そうなのか。言ってくれればすぐに店に連れて行ったのに。言わなかったのも俺を気遣ってのことなのかな。
「肖像画と違ってそのままを残してくれますから。それも大変手軽に」
箱から一眼レフカメラを取り出し、愛おしそうに両手で包み込み答える。
「まずは乾杯しましょうか。葡萄酒を注ぎますのでお待ちを。おつまみはお二人もどうぞお食べください」
「オリサのお茶は冷蔵庫にあるから」
「ありがとー!」
「乾杯の音頭はリーフに頼もうか」
「そうですね……では、愛しき今宵に」
「「「乾杯!」」」
リーフは詩的だなぁ。




