「妖しいリーフと料理の旅」part9
「おはよ」
「オリサ……」
どのくらい寝ていたのか、目を開けるとすぐそこに俺の顔を覗き込むオリサがいた。頬を撫でるそよ風が心地よい。俺は仰向けで横になっているようだ。
「大丈夫?」
「ああ、どのくらい寝てた?」
空の色は変わっていないようだから、そこまで長い時間ではないだろう。
「ホントにちょっとだけ、五分もないくらいだよ。お店から出たらリーフちゃんがトールを抱きしめてるし、トールは手をバタバタしてるしでビックリしちゃったよ。しかも、そのすぐ後にトールの腕から力が抜けちゃうし」
「俺もビックリした。訳が分からんうちにリーフに抱きしめられて今に至る。とりあえず、身体は大丈夫そうだよ」
「よかった。じゃあ風止めるね、よっと」
オリサが傍らに置いた杖を手に取り軽く掲げると、そよ風が止んだ。
「今の風、気持ちよかった。オリサの風の恩恵に預かったのはこれが初めてだな」
「最初はサイアクだったもんね」
何処かへ飛んでいく土とじゃがいもを見送りながら、泥だらけで畑を転がった日が懐かしい。オリサも思い出したのか楽しそうに笑っている。過ぎてみれば愉快な思い出だ。
そろそろ起き上がろう。
「あれ、オリサちゃんの膝枕はもういいの?」
いつものように悪戯っぽい笑顔を浮かべつつ聞いてくる。よく見れば確かに俺はオリサの膝というか太ももを枕にしてベンチに横たわっていたらしい。
「おかげさんで元気になりました」
「お水飲む?」
「ああ、頼む」
「じゃ、これ持ってて」
そう言って空のグラスを差し出された。先程のカレー屋のものらしい。不思議に思って見ているとオリサの目が青く変わり、先程のように杖を掲げる。みるみるうちに手元のコップに水が満たされた。
「すげえ!便利だな。いただきます」
「でしょ?うん、人が飲んでも大丈夫そうだし、今度からあたしも飲んでみよ~っと」
「おい待てや」
実験動物扱いじゃねえか!
「うそうそ、ウソだよ。魔法で出す水はちゃんと飲めるって。よかった、身体は問題ないね」
場を和ませようとしたらしい。毎日ずっとオリサの手のひらで転がされている。悪い気はしないけど。
「ああ、ちょっと酸欠になったんだと思う」
「変な声が聞こえるから慌ててお店を出たんだ。そのときお水飲んでたから持ってきちゃったんだけど、結果オーライかな」
「今度からオリサと行動するときはコップを持ち歩くか。あれ、そういえばリーフは?」
肝心のリーフのことをすっかり忘れていた。と、オリサが親指を立てて背後を指差す。
振り返ると、道路に沿ったベンチの真後ろ、本来なら自動車の行き交う道のど真ん中にリーフはいた。背中を丸めて体育座りをしている。俺より20センチも長身にもかかわらず、こちらに向けられたその背中は片手で掴めてしまいそうなほどに小さく感じられた。
「ど、どうした……?」
「興奮しすぎてトールを傷つけたから合わせる顔がないって」
困った顔のオリサが説明する。結果的に怪我などないし気にするようなことでもないのだが、リーフの性格じゃそうはいかないよな。
さて、なんと声をかけるべきか。
「リーフ」
ベンチから立ち上がりながら声をかけた。
「はい……」
一応返事はするが、消え入りそうな声だ。
「あの、俺は元気だから、な?もう大丈夫。気にしてないから今夜の宿に移動しよう」
「そうだよ、リーフちゃん。あたしもビックリして大きな声出しちゃったけど怒ってないし、みんな何かしら失敗だってするから。ね、元気だして」
「本当に……申し訳ございません」
「大丈夫だよ」
これはかなり凹んでるな。
「リーフ」
彼女の肩に手を乗せ呼びかけるも反応はない。困ったな。




