「妖しいリーフと料理の旅」part6
「わたくし、当然ながら迷うことなくこちらの『肉のカレー』のページを見ておりました。『鶏煮込みカレー』『唐揚げカレー』『とんかつカレー』『豚煮込みカレー』『ハンバーグカレー』『ソーセージカレー』などなど……。どれも想像しただけで興奮のあまりはしたなく涎を垂らし身悶えてしまうような素晴らしい商品です!」
『興奮しながらはしたなく涎を垂らして身悶えるリーフ』を想像したら、とんでもなく性的な絵面が脳裏に浮かんでしまった。できれば頬には少し朱色が差していてほしい。倒れないよう必死に踏ん張ってるのと床に崩れ落ちて息を荒くしているのと、どちらがよりエロいかな。
……俺は何を考えているんだ。
「ですが、一度に食べることができる量には限度があります。そう考えながら草、ああ、失礼、『野菜のカレー』のページは開くことなく、お店の仕組みを紹介したページを見たのですが、こちらです!」
そう言ってリーフは一点を指差す。
「『お好きなカレーにお好きな具材を。組み合わせは自由自在!』だそうです!つまり、カレーに複数の具材を乗せることができると!何ということでしょうか!このような……、このような自由が許されてよろしいのですか!まるで神への挑戦!悪魔との契約の如し!つまりはポークカレーにビーフカツと煮込んだ鶏肉を乗せたり、ビーフカレーにとんかつと唐揚げを乗せる、そう、豚肉揺蕩う淫靡な海に牛と鶏が溺れ欲望のままに蕩け混ざり合うことも、牛肉の旨味に満ちた大海で豚と鶏が一心不乱に情交を交わすことさえも許されるのです!そう、そのような自由が!今までわたくしの作ってきたカレーは牛か豚か鶏か、一種類のお肉を入れるだけでした。しかし、それだけではないのです!牛も豚も鶏も全てが混ざり合う、まさしく『欲望という名のお皿』が存在してもいいのです! “A dish named Desire” ! カレーとは、なんと恐れ知らずなのでしょう!そこにはまちがいなく存在するのです!真の!自由が!ああ、いいえ、それだけではありません!わたくしはなんと狭量だったのでしょうか!こんなにまで何も見えていない眼など、もはやあって無いようなもの。ならばいま、この場で短剣を用い切り捨てても何ら後悔はありません。『物事の本質は心の目で見よ』カレーはそれを教えてくれたのです!どうです!!」
わかった、こいつ馬鹿だ。
真正の馬鹿だ。
俺が人生で出会った中でダントツ一位の馬鹿だ。
馬鹿のオリンピックがあれば他の選手が次々棄権する次元の馬鹿だ。
なんで肉の表現が逐一官能的だったんだろう。
興奮のあまりいつの間にか立ち上がって両手を広げて叫んでいる。大統領もかくやという大演説だ。くだらねぇ。
「目は潰さんでいい。好きなだけ具材をトッピングしてくれ。止めないから」
「なんと!このような愚物たるわたくしに温情をかけてくださるとは……。トールさん、やはりわたくしがこの世界に来たことは何一つ間違ってはおりませんでした」
ああ、そうかい。なんかやたらと疲れたわ。まだ料理修行始まってすらいないってのに。
隣を見れば呆れ果てたと言わんばかりのオリサが水を注いでいる。静かにそれを差し出すオリサに会釈をして一気に飲み干した。
元ネタ集
・「欲望という名のお皿」"A dish named Desire"
名優マーロン・ブランドをスターに押し上げた名作『欲望という名の電車』(1951年 エリア・カザン監督)より。