「妖しいリーフと料理の旅」part5
「リーフちゃん!」
オリサが駆け出した。ぶつかった調味料のボトルが次々床に転がり落ちる音が響く。俺もオリサに続き走り出した。オリサは心配そうにリーフの顔を覗き込んでなんとか上体を起こしたが、当のリーフの呼吸は荒い。
常に泰然自若としたリーフがこんな姿になるなんて。
まずい。この状況はあまりにもまずい。俺が過呼吸を起こしたときは彼女が冷静に対処してくれた。だが、いまリーフの身に何が起こっているのか俺には見当もつかない。
「リーフ、どうしたんだ。話せるか?えっと、熱は?気分が悪い?めまいとか?」
リーフの額に手を当てる。玉の汗が邪魔をするが特別熱があるようには感じない。顎に手を添え、顔をわずかに持ち上げた。ずっとメニューを見つめていたリーフと目が合う。
「リーフ、俺の声が聞こえる?苦しい?あの、話せるかな?」
内心では泣き出してしまいたくなるほどに慌てていた。
俺に助けられなかったらどうしよう。今、彼女の身に何が起きているのかさえ把握できていない。だが、まずは冷静になろうと努めた。俺が過呼吸を起こした時の彼女の教えは『冷静さを保つこと』だったはず。
「も、申し訳ございません」
そう言うとリーフは立ち上がろうとする。
「無理するな、ほら、俺の肩を貸すから」
慌てて脇に潜り込み俺の首の裏に彼女の腕を乗せ、肩で脇を押し上げた。身長差はあっても立たせるくらいはできる。
「す、すみません。あまりに興奮してしまって……」
ひどく衰弱している。一体何があったのか。
「オリサ、奥から水を持ってきてくれ」
「うん!」
「ほら、そこに座って」
隣で不安げに見守っていたオリサに仕事を言い渡し、俺はリーフを座席に座らせる。
「リーフ、話せそう?」
「ええ……、ご、ごめいわ」
「迷惑なんかじゃない!」
いつも世話になりっぱなしなのに、最後まで言わせるわけにはいかない。
「君はいつも俺たちの面倒を見てくれているだろ?少しぐらい役に立たせてくれ。お願いだ、謝らないでくれ」
「持ってきたよ。す、すぐ飲めるように氷は入れなかったから」
オリサはテーブルにグラスを置き、それだけ言ってすぐに厨房へ引き返した。さすがのオリサも心配を隠せない様子だ。
「お、お二人共、ありがとうございます。だいぶ落ち着きました……」
そう言って水を飲み干したグラスを置きながら乱れた黄金の髪をかき分け整える。肌と同じく白く美しい上端のやや尖った耳が現れた。
口の端から溢れた一筋の水が、神様が彼女のためだけにノミを振るったようにも思える均整の取れた顎を伝って落ちる。
「もう大丈夫です。申し訳ございません」
「一体どうしたんだ?さっきまで調子が悪そうな様子はなかったけど……」
ちょうどそのタイミングでオリサが戻ってきた。お盆の上には水の入ったピッチャーと俺とオリサの分らしいグラスが二つ並んでいる。
「お二人共すみません、あまりの衝撃に驚き、戸惑っておりました」
ただメニューを見ていただけに感じたが、一体何があったのか。
だいぶ落ち着きを取り戻した様子のリーフを見て、俺たちも平静を取り戻し始めていた。リーフと向かい合うよう座席に座って彼女の言葉を待つ。
「改めて、失礼いたしました。こちらのメニューを見ていて驚いてしまったのです」
何か驚くようなことが書かれていただろうか。何度も見たメニューのはずなのに全く思い出せない。