短編4『夜の語らい』part5
「言いたくないなら無理に聞かないよ。君は『リーフ』だから」
「お気遣いありがとうございます。この世界に来て、過去は捨てたつもりだったもので」
「過去は捨てた、か……」
「どうされました?」
「妹のこと、もう会えないなら俺も過去を捨てたと割り切って忘れたほうが良いのかなって」
「トールさん」
リーフの手が一瞬のうちに俺の顔に伸びた。両頬と顎がリーフの右掌に握りしめられ彼女の方を向かされる。
「ふぁい?」
頬を強く握られているので自然と唇が飛び出たまま喋ることになる。
「それはいけません。自らの意思でここへ来たわたくし達と、意思など関係なくこの環境へと追いやられたトールさんとでは雲泥の差、まったく逆なのです。忘れてはいけません。トールさんだけは、ゆり子さんが確かに居たということを忘れてはいけないのです。兄妹なのですから。思い出してあげてください。月に語りかけてあげてください。きっとトールさんの声は届きます」
「ふぁい」
「失礼、説教臭くなってしまいましたね」
そう言ってリーフは手を開き俺の顔を開放する。
風呂で乳首をつねってきたオリサといい、いきなり顔面鷲掴みのリーフといい、我が家の女性たちは俺が道を間違えそうになるとけっこう容赦ないな。
「いや、たしかに説教されて当然なことだよ。うん、あいつのことを無理に忘れる必要なんてないよな」
「ええ」
「ありがとう、ちょっと頭が変な方向に向かってた」
「些細なことでも遠慮なく話してくださいね、わたくしの方がお姉ちゃんなのですから」
「だいーぶ歳の離れた姉ちゃんだな」
俺たちは笑いながら夜空を見上げた。星空と月を見つめたまま話を続ける。月はいつの間にか先程より下りてきている。思っていたより長いこと話していたらしい。
「リーフ、ありがとう」
「いえ」
「ユリに君達を紹介したいよ」
「なんと紹介してくださるのですか?」
「『最高の家族』って」
「ふふ、ありがとうございます。やはりこの世界へ来て良かったです」
「そう言ってもらえて俺も嬉しい。俺も君達に会えて良かった。さて、そろそろ寝ようかな」
「はい、大変楽しかったです」
「俺も、ゆっくり話せて良かったよ」
「ふふ、上着、ありがとうございました。暖かかったです」
「どういたしまして」
「寒さに強いと言いましたがお気遣いが嬉しかったですし、本当に暖かかったです。『ポカポカ』というのですよね」
「うん」
「まるで鹿の陰茎と睾丸を漬けたお酒を飲んだときのような暖かさでした」
「お、おう?」
「また天気がいい夜はゆっくりお話ししてくださいね」
「こちらこそ。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「また明日」
「はい、また明日」
さっきの酒って実在すんの?それともツッコミ待ちをスルーしちゃった?
悶々と悩みながら俺は寝床へと入っていった。
短編4『夜の語らい』
完