「『常盤色のオリサ』と黒龍」part3
「あの、なんと申しますか、景色が変わりませんね」
現地人の俺が傷つかないよう、頑張って言葉を選んでくれるリーフの優しさが辛い。
「何もない。だが、田畑はいくらでもある。今の状況で考えればかなり恵まれた場所だな」
冷静な分析だ。持ち歩く斧のせいでガテン系に見えてしまったが、ルルは見た目に反して頭脳労働が得意なのだろうか。
俺たちは今、家から十分ほどの農道を歩いていた。建物は少なく右手には田んぼ、左手にも田んぼ、その先に畑。このまままっすぐ行くと山の麓で、目印に貯水池があるからそこまで行ったら引き返そうと話していた。
ちなみに元気娘は広大な土地にテンションが上がったのか、一人で先に麓に向けて走っていってしまった。まぁ分析はこの二人に任せよう。たぶんオリサは肉体労働の場で力を発揮するタイプだ。おかしい。彼女は頭脳派の魔法使いと聞いていたのだが。
「ところで、トールさんは農業の知識はおありですか?」
俺も二人に聞きたかったことだ。
「ああ、いや、全くと言っていいほど無いんだよね。二人はどう?」
「金属やら宝石の加工の知識ならあるが、野菜はわからん」
「わたくしは基本的なことしかわかりません」
「基本っていうと、例えばどんな?」
『基本』といっても、俺よりはよく知っているかもしれない。
「土を耕して種を植えて、作物が大きくなったら収穫ということです」
本当に基本だった。
「それが基本ならわたしもしっかり頭に入ってるさ。あと、水もやれよ」
「す、すみません」
「あ、いや、俺もよくわからないわけだし、気にしないで」
まずいな、今の段階で農業の知識がある人間はいないということか。
「とりあえず、農地が豊富にあるということはわかりました。あとはゆっくりと文献を探しながら作物を育てていくのが良いのではないでしょうか」
「今は冬の半ばだったか?あと三、四十日ほどで春が来て夏、秋と続きまた冬だったか。大体わたしの世界と同じようだな。季節が四つあるなら、それぞれの季節に種まきや収穫があるだろう。今後、文献を探しつつ種や苗も探せばいいだろう。種苗店を探せばまとめて目的を果たせるのでは?」
なんて的確な分析と指示なのだろう。『しゅびょうてん』の漢字が頭に浮かばず何なのかわからないのは黙っておこう。
「みーんなー!」
走りすぎて貯水池まで行ったのかそれとも飽きたのか、元気っ子が帰ってきた。ずっとテンション高く走っていたらしいのにまったく息が切れる様子がない。タフだな。
「畑と田んぼたっくさーん!」
「この辺りはそれしかないからなぁ」
「サクッと見た感じだけど、あたしたち四人が食べるための野菜ぐらいなら問題なく作れそうだね。さっきそこの畑見たら畝があってさ、もしかしてーって思って悪いとは思ったんだけど少しだけ掘り返したんだ。そしたらやっぱり種イモがあったんだよ。だから、そこの畑ではそのままジャガイモを育てようよ。そんでさ、他にも元気な畑がたくさんあるからいろんなお野菜育てられるよ!楽しみだねー。ちょっと土を舐めてみたけど、酸性度もちょうど良さそうだったよ。育てる野菜によってすこし調整してあげなきゃだけどね。それからさ、近くで馬とかヤギとか、何か動物も飼育するのはどうかな。動物小屋とか放牧場が畑から近かったら、毎日の仕事もしやすいし、肥料も手に入れやすくなると思うんだよね。あ、でもあたしあんまり知識ないから、この辺りで動物を飼えるのかとかよくわかんないんだ。だから単にあたしが思っただけなんだけど、どうかな?みんなあたしなんかより頭良さそうだからさー、ちょっとドキドキだよー!」
前言撤回、彼女が今の俺たちにとっての希望だ。酸性度って何だ?土を舐めてすぐに把握できるものなのか?あれ、オリサってやっぱりすごいやつなの?
「あの、オリサ」
「ん?」
「たぶん、オリサがダントツで詳しい」
「えー、そんなことないよー」
俺の感想をケラケラ笑って一蹴する彼女の発言が謙遜なのか本気なのかわからない。次いでルルが手を上げてオリサを見つめた。
「オリサ、ちょっといいか」
「なぁに?」
「お前は今日から農業大臣だ。皆の食はまかせた」
「おー、まかされた!」
ビシっとオリサを指差し本人も了解して、あっさり担当が決まった。突然の申し出に満面の笑みで答えるオリサ。
「あと、米と麦も作ろう。醸造用の樽はなんとかする」
「ルルちゃんお酒すきだねぇ。普通、パンが先でしょ」
「あの、オリサさん」
リーフも手を上げて発言の機会を伺う。
「畑と飼育場所が近いのは悪くないと思います。ですが、厩舎を建てるなどの問題もありますので、畑のことが落ち着いたらまた改めて考えてはいかがでしょうか」
「さすがリーフちゃん、それがいいね」
つい先程まで野菜が育てられるのか心配だったが、何とかなりそうだ。今の所魔法使いらしさはゼロだが、彼女に食を託そう。