短編4『夜の語らい』part2
「あー、そういえばさっき、俺に何て言ってたの?」
「『トールさん』と」
たぶん、リーフギャグだな。
「それの前」
「ふふ、エレン スィーラ ルーメン オメンティエルヴォと言いました」
「えれ、しーら……何だって?」
「エルフの言葉を用いた挨拶です。『エレン スィーラ ルーメン オメンティエルヴォ』。意味は『わたくし達の出会いのとき、天に星が輝いています』とでも訳しましょうか」
なんだか堅苦しい挨拶だな。それがリーフらしいと言ってもいいかもしれない。
「だいぶ難しそうだったな」
「練習してみますか?『エレン』」
「エレン」
これは簡単だ。
「スィーラ」
「シーラァ」
「スィーラ」
「スィ、スィーラ」
「そうですそうです。うふふ、本当は『エレン』の『レ』は"r"ではなく"l"の音なのですが、置いておきましょうか」
日本人が苦手なやつじゃん。
「ルーメン」
「ルーメン」
「オメンティエルヴォ」
「オ、オメン……」
「オメンティエルヴォ」
「オメ、ンティエル、ヴォ」
「そうです!ではつなげて。『エレン スィーラ ルーメン オメンティエルヴォ』」
「エ、エレン、スィーラ、オーメン?」
「ルーメン」
「エレン スィーラ ルーメン オメンティエルヴォ」
「よくできました!」
「それはよかった」
五分後には忘れてそうだけどさ。
「ふふ、トールさんがわたくしの言葉を話してくださるのがなんだかとても嬉しいです」
そう言ってリーフは例のごとく碧い目を三日月型にして笑顔を向けてくる。
もうちょっと練習するか。エルフ語を話したらこの笑顔を見られるわけだし。
「それはそうと、星空を眺めて何を思っていらしたのですか?」
「もう春だなぁって」
「それだけですか?」
「んん?それだけって?」
「いえ、ゆり子さんのことをお考えだったのかと思いまして」
「んー、考えることもあるにはあるけど、今日はまだだね。どうしたの、急に?」
「それは失礼いたしました。オリサさんから以前伺いまして。この家を改築した際、トールさんが星空と月を眺めてゆり子さんに話しかけていたと。もしかしたら今も孤独を感じていらっしゃるのではないかと思ったのです」
「あー、なるほどね。んー、俺には三人が、あ、今は天ちゃんも入れて四人か。仲間が四人もいるから。寂しいなんて思う暇はないよ」
本当に。
「それを聞いて安心しました」
そう言ってリーフが星空を眺める。俺もつられて顔を上げた。人がいなくなって二か月だけど、空気がきれいになってたりするのかな。前よりも見やすくなったような気がする。
「リーフは」
夜空を見上げたまま、いままで聞けなかった疑問を口に出した。
「自分の意志で来たとはいえ、ここに来てしんどくない?特にリーフは千年以上生きてた世界からここに来たわけだし。それに、今は良くてもさ……俺があと何年生きられるかわからないけど俺の寿命なんてリーフには一瞬でしょ?あの、その、俺が寿命で死ぬ頃、オリサはわからないけどルルとリーフはまだ生きてるはずだし、神様に元の世界に返してもらえるのかなとか心配なんだ」
「気になさらないでください、と言っても気になりますよね」
「まあ」
「神様にお願いすれば元の世界へ帰ることは可能でしょう。トールさんが最期を迎えた後、仮に七十年後としましょうか。ルルさんは百三十一歳。まだまだ若い彼女は国へ返してあげたいですね。ですが、わたくし自身どうしたいのかはまだわかりません。この世界と共に滅びるのか、トールさんを見送った後でルルさんと共に元の世界へ帰るのか。そうですね、その場合ドワーフの町で一緒に暮らすのも楽しそうです。ルルさんも見送ってから故郷へ帰ることもできます。しかし、トールさんが年老いるよりも前に神様が人間の移住者を連れてきてくださるかもしれませんよ」
「ああ、そうだね、状況は変わるかもしれないか」
「ええ。ところで魔法使い族の寿命はどのくらいなのでしょうか。ご存知ですか?」
「いや、オリサには何も聞いてない。年も知らないし。そのうち聞く機会があったら聞いてみるよ」
「そうですね。わたくし達の生活はまだ始まったばかりなのです」